おぼん・こぼん。 【悲報】おぼんこぼんは不仲でリアルに解散寸前?水曜日のダウンタウンのドッキリが話題に

伊集院光が力説 「おぼん・こぼん」級の不仲な2人とは「あの路線でいける」― スポニチ Sponichi Annex 芸能

おぼん・こぼん

『太田上田』放送から5年間のゲスト総勢52名から、反響の大きかったゲストトークを厳選! それぞれのゲストが出演するきっかけとなった、番組創世記のきっかけトークとともに振り返ります。 危険なゲスト1 ナイツの苦悩。 激ヤバ不仲コンビ 「おぼん・こぼん」 の『太田上田』にゲスト出演したナイツの塙宣之さんと土屋伸之さん。 浅草漫才協会でのおぼん・こぼんの不仲エピソードを披露してくれました。 塙さんは、浅草漫才協会の副会長。 漫才協会は理事選挙を行い、得票数で役職が決まるそう。 普段だと「1位 青空球児師匠・2位 塙さん・3位 おぼん師匠・4位 こぼん師匠」というランキングになるそうですが、4年程前の選挙ではこぼん師匠がおぼん師匠を上回ったことがあったと塙さんが語ります。 8票差でこぼん師匠に負けたおぼん師匠は、「こぼんのロビー活動に負けただけです。 そういう評価をするのなら、僕は今日限りで漫才協会を辞めます」と言って漫才協会を出ていきました。 協会のみんなでおぼん師匠を説得しましたが、おぼん師匠は1年間東洋館の舞台に上がりませんでした。 その後、おぼんさんとこぼんさんが仲直りした時期もあったそうですが、とある漫才の最中に舞台上で本気の殴り合いが始まったそう。 舞台袖で焦った塙さん。 若手に音楽を流させると、おぼん・こぼんの2人は最終的にタップダンスし始めてくれたと笑います。 おぼんこぼんが『太田上田』にやってきた ナイツの告白から1年後、放送の『太田上田』におぼん・こぼん師匠が登場しました。 通常であれば太田上田の2人が端に座ってゲストを挟みますが、太田上田の2人が真ん中に座っておぼん師匠とこぼん師匠の距離を保ちます。 「これが一番楽なんで」(こぼん師匠) 「気を遣っていただきまして、どうもありがとうございます」(おぼん師匠) 2011年 おぼん 漫才協会脱退事件 ナイツが語ってくれた「おぼん 漫才協会脱退事件」の真相をおぼん師匠に直接伺います。 おぼん師匠は前々から「こぼんに1票でも負けたら俺は漫才協会を辞めるからな」と宣言していたそう。 「だってこの男(こぼん)漫才協会で何もしてないんですよ?自分ではやったって言ってますけども。 俺がほとんど漫才協会で頑張ってたつもりなんですよ」(おぼん師匠) 「つもりね」(こぼん師匠) 「つもりね…言うたなこの野郎!」(おぼん師匠) おぼん師匠とこぼん師匠はお互いに目を合わせず、明後日の方向を見て言い合います。 一時期漫才協会の理事を務めたこぼん師匠が体力的な問題で理事を辞退したと話すと、おぼん師匠はカメラに向かって親指を立てています。 太田さんに「大人げないんだよ」と笑われるおぼん師匠でした。 おぼん・こぼん 仲直りできるのか? 今後仲直りすることはあるのかと太田さんに聞かれ、「謝れ!」と憤るおぼん師匠。 こぼん師匠は何を謝ればいいのかわからない様子。 おぼん師匠は、就職や親の反対を押し切ってまで入った芸人の道なのに、こぼん師匠が最後まで責任を持たないことに憤っていると言います。 おぼん師匠が真剣に話す最中にこぼん師匠が咳払いをし、「咳払いしたな、この野郎」とおぼん師匠の怒りは収まりません。 ここで番組スタッフから「さいご 横に座ってあくしゅ」とカンペが出されると、「絶対いやや!余計なことするな、この野郎!」と怒ったおぼん師匠がカンペを床にたたきつけます。 おぼん・こぼんの2人の仲の悪さに大爆笑の太田上田でした。 番組後半では、「三谷幸喜vs太田光」トークを振り返ります。

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『水ダウ』で話題のおぼん・こぼんだけじゃない、不仲のベテランコンビたち (2019年3月3日)

おぼん・こぼん

メンバー [ ]• おぼん(本名: 井上 博一、 1949-02-02 (71歳) - )出身。 現在は在住。 こぼん(本名: 馬場添 良一、 1948-12-24 (71歳) - )大阪府大阪市出身。 現在は東京都在住。 概要 [ ] 大阪福島商業高校(現・)の同級生。 1965年にコンビを結成し、学生漫才としてデビュー 当時、のなどに出演。 上京後、や等で活躍。 からにかけて、日劇ミュージックホール公演などに出演した。 当時の若手芸人としては珍しく師匠につかず、自らの手によって芸を磨いた。 1980年に『』で10週連続勝ち抜きグランプリを受賞。 それを機に赤坂コルドンブルーを引退。 自分達の後釜として、当時『お笑いスター誕生!! 』に挑戦中だった貴明&憲武(後の)にコルドンブルーへの出演を勧め、それに従ったものの貴明&憲武は半年足らずでクビになってしまう。 「」時には『』()等に出演。 ブーム後も演芸番組等に長く出演した。 近年は、テレビの演芸番組や漫才協会の定席である浅草東洋館を中心とした演芸場等に出演している。 なお、・に所属していないため、いわゆる東京の寄席(鈴本演芸場・・浅草演芸ホール・)の定席に基本的に上がることはできない。 『』の演芸コーナーの常連であるが、こぼんが語るところによると、ある時、収録された漫才について視聴者からクレームが入り、そのあと5年間、同番組に出演できなくなったという。 また、おぼん曰く「昔は収録の前に、ディレクターさんにネタ見せをして、アドバイス通りに直さなければいけなかった。 そのときは僕らも若くて生意気だったから、ネタ見せと全然違うネタを本番でやっちゃった(笑)。 当然めちゃくちゃ怒られたけど、いい思い出ですね」と語る。 、それぞれの娘が「くれよん」を名乗るお笑いコンビを結成。 『笑点』では親子漫才を披露したが、こぼんの娘・いづみが女優・タレントを目指す事でにコンビ解散。 おぼんの娘・ちひろは、に妹・まいが高校を卒業すると同時に姉妹漫才コンビ「りぼん」を結成し、浅草東洋館などで活動していたが、結婚のため末に解散した。 いづみは現在、歌手として活動(活動名義・ 泉水いづみ)している。 また、おぼんの妻との妻とは同級生だった(今治の謎100より)。 正式に漫才協会としてのにはなっていないが主任(トリ)を務めることも多く、弟子を取っている。 また、おぼん・こぼん共に漫才協会の理事に就いたこともあり、事実上、真打ちと同格の待遇と見做されている(本来は真打ちに昇進していなければ弟子を取ることは許されない。 同様の例としてなども挙げられる。 も参照)。 芸歴・スキルとも大御所の域に達した近年も、若手に伍してオーディション・コンクールへも参加している。 2010年にはに参戦している(3回戦進出)。 芸風 [ ] 漫才が中心だが、『お笑いスター誕生!! 』では全てコントで挑戦した。 タップダンスや人間楽器等を漫才に取り入れることもある。 他にジャズナンバー、ものまねなども披露した。 ネタはおぼんが作っている。 基本的にはこぼんがでおぼんがボケだが、途中で入れ替わることも多い。 定番のネタとして、お椀と茶碗を持ち、交互にかざしながら「」のメロディで「お椀出せ~、茶碗出せ~」と歌うものがある。 その他 [ ]• 他のベテラン漫才師同様、二人は「ビジネスパートナー」に徹しており、高座を降りると互いに干渉せず、打ち上げ等も同席することはまず無い。 「コンビ仲が悪い」として、塙など同業者もネタにしている。 「」ではナイツ仕切りのもと、おぼんが仕掛け人となってこぼんに解散を行ったところ、本気で受け入れる寸前のところまで放送された。 のちに「おぼんこぼん仲直り大作戦」として2人にをかけて仲直りさせることを試みる様子が放送されたが失敗に終わり、それ以降も番組内では不仲ネタを取り上げることがあるほか、他局でも不仲を題材にゲスト出演する機会が多くなっている。 とは『お笑いスター誕生!! 』で共演していた縁から、交友を深めていた。 その縁で『』の映画『』にも声優として出演したことがある。 山田は「 僕にはザイカイに親友がいるんですよ。 まぁ、ザイカイといっても漫才界ですけどね」と紹介していたそうである。 特に家族ぐるみで付き合っていたおぼんは、山田自身の追悼本である『』にも親友としてロングインタビューに登場している。 とんねるずは若手の頃、目標とする芸人におぼん・こぼんの名を挙げていた。 受賞歴 [ ]• (フジテレビ)• (フジテレビ)• (日本テレビ)• (フジテレビ)• (フジテレビ)• (2019年2月27日・7月3日放送、TBS) テレビドラマ [ ]• (、)• (、フジテレビ)• (、テレビ朝日)• 第8話「父ちゃんはタクシードライバー」(1986年、TBS)• (1990年、、関西テレビ)• 第2シリーズ 第4話「弱い女が一番怖い」(1990年、) - 雲州・山州• () 映画 [ ]• 「JAZZ・DANCE・SKD」(サンシャイン劇場)• 「汀夏子の招待夢」(シアターアプル)• 「モンキー」(サンシャイン劇場)• 、「水前寺清子特別公演」(新宿コマ劇場) テレビアニメ [ ]• (1990年、日本テレビ) - 山坂すべっ太・ころん太• (1985年、) - ウィリー、陳 ラジオ [ ]• (NHKラジオ第1) レコード [ ]• 「渚のミステリーギャル」()作詞:伊井田朗、作曲:• 「街のカモメ」(ポリドール)作詞:、作曲:幸耕平 CM [ ]• ルピカエース 脚注 [ ]• エンタMEGA 2019年3月2日. 2019年3月31日閲覧。 トムス・エンタテインメント. 2016年5月2日閲覧。 関連項目 [ ]• 外部リンク [ ]•

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おぼん・こぼん

おぼん・こぼん

左:こぼん 右:おぼん 顔がふっくらしている方が『こぼん』さんで、面長で背が高いほうが『おぼん』さんです。 おおきい方が『 おぼん』さんと覚えましょう。 おぼん・こぼんはいつから不仲なのか?原因はそこにある? 関係者によると「 仲が良い期間と悪い期間を繰り返している」とのこと。 しかし 現状は8年間プライベートで口を効いていないというトンデモ状態。 つまり8年くらい前に何かあったと思うのが自然な流れ。 爆笑問題も不仲に触れたことがありますが、無難な返事が帰ってくるのみでさらりとかわされます。 ホンジャマカの2人も仲が良いわけではない、仕事上の付き合いなのでそれに近いのかもしれませんね。 コンビ結成が1965年ですから、 もう54年間もコンビを組んで漫才をしているわけです。 「 長いことをコンビを組んでいて俺の考えていることが分からへんか」 という発言があったように、ちょっとした鬱憤や摩擦が積み重なって不仲が助長されたのでしょう。 また、お互いが本音でぶつかり合う機会がなかったのかもしれませんね。 水ダウの企画でも、 こぼんさんの「絶対に謝らない」という姿勢が強く出ていて、不仲が解消されないのは頑固さが原因の1つと思われます。 ちなみに、 クマムシも一時期は超絶不仲だったことがあります。 おぼん・こぼん師匠の不仲が決定的になった水ダウ ケンカ勃発!あわや解散の危機になったドッキリ企画 2019年2月に放送された『水曜日のダウンタウン(以下水ダウ)』で、おぼん・こぼんはあわや解散の危機に。 おぼんさんが解散を仕掛けるドッキリが企画として放送されました。 当時のおぼんさんとこぼんさんの仲は非常に悪く、8年間もプライベートで口を聞いていないという状態。 そんな中で解散を仕掛けるという トンデモ企画でした。 おぼんさんが解散を仕掛けるのですが、 「俺が何で怒ってるかわかるか」「53年間コンビ組んできて俺の考えてることがわからへんか?」 引用:J-CASTニュース とかなりガチ目に話を切り出し、こぼんさんも困惑。 もちろんスタジオも不穏な空気に困惑。 そのまま議論に発展するのですが、解散を切り出したのは仕掛け人のおぼんさんではなく、仕掛けられた側のこぼんさん。 そうして解散が決定となってしまったのですが、このままではヤバイということでナイツがプラカードを持ってドッキリ成功を知らせに行くのですが… めちゃくちゃ怖い。 こぼんさんがナイツにおしぼりを投げつけるシーンもあり、ナイツもかなりビビってます。 ナイツが企画したわけではないでしょうから、かなり損な役回りですね。 番組としてはこれを機に本音でぶつかりあうことで、仲良くなってほしいという意図もあったとのことですが、 「 仲良くならへん。 」 と言われ、現に仲良くなることは無かった・・・と思われます。 視聴者もあまりの空気の悪さに、全く笑えないという人が続出。 良くも悪くも、水ダウのドッキリはヤバイという評価が下されました。 殴り合い寸前のおぼんこぼんを仲直りさせる企画 水ダウは懲りずに2回目の企画を実行。 催眠術にかければ仲良くなるのでは?ということで、おぼんこぼん師匠を「 相手のことが愛おしくなる催眠術」にかけるも… 効果なし! 視聴者としては 案の定の結果に… おぼん・こぼんの現在の仕事は? 『おぼん・こぼん』としては解散はせずに現在も仕事を続けています。 一般社団法人漫才協会に所属しており、浅草の東洋館というところで漫才を披露しています。 水ダウの放送の影響で、東洋館に足を運ぶ人が増えたとか。 おぼんさんは漫才協会に貢献できるなら、とドッキリ企画に承諾したので少なからずドッキリの出演は漫才協会に貢献したようです。 しかしながら、元々はマネージャーが一度ドッキリの仕事を断っていることを考えると、いかに解散ドッキリが恐ろしいものだったのかがよく分かると思います。 そして、一番胃が痛いのはおぼんこぼんのマネージャーなのではないかと勘ぐってしまいますね。 まとめ:おぼん・こぼんの不仲と現在 おぼんこぼんさんに関する企画は2度行われましたが… 大丈夫でしょうか。 少なくとも東洋館へ足を運ぶ人は増えるのかもしれませんが、何とも恐ろしい企画が繰り返されています。 それでは!.

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