岡江久美子 乳がん ステージ。 岡江久美子、死去 新型コロナ感染ルートは乳がん治療から?

乳がんのステージ分類と5年生存率

岡江久美子 乳がん ステージ

放射線治療を担当している放射線技師ですが、乳癌の放射線治療で放射線が実際に当たる箇所は、患側乳房、患側の肋骨、肺がわずか、左乳癌なら心臓がわずか程度です。 成人の場合、免疫を作るのは骨髄と呼ばれるところであり、背骨にあると考えて下さい。 治療する乳房は身体の前側にあり、背骨は身体の後ろ側にありますので、放射線が当たることはまずありません。 よって免疫低下は起こさないです。 また肺に少しだけ放射線が当たりますが、それが原因で肺炎になる確率は2%程度ですので、そこまで気にしなくて良いと思います。 ただ、癌になったこと自体による免疫低下や精神的ストレス、抗がん剤治療でも免疫は下がります。 乳癌の放射線治療は、全部で25回行う方法が一般的ですが、最近は16回での治療でも可能となっています。 回数が減っても治療効果は同じとされていますが、1回当たりに照射する放射線の量が増えるため、皮膚の炎症反応は強くなります。 しかし、通院する回数が減ると考えれば、その分コロナに感染する可能性も低くなるので、一度ドクターと相談してみてはいかがでしょうか。 乳がん経験者です。 気にする気持ちはわかりますけど、人それぞれです。 そもそも免疫とは個人個人が持っている「病気に打ち勝つ力」のことですから。 数値化できるものではないし、目安などもありません。 個々の体力だって違います。 ある毒素には免疫が働くけど、ある菌には弱いかもしれません。 その逆もあります。 副作用の出方や強度だってみんな異なります。 乳がんの放射線は胸に当てますから、間質性肺炎を起こす副作用がまれに起こります。 倦怠感や発熱なども免疫の低下から起こることです。 ですから、治療期間中および治療終了後しばらく注意をしておくことは肝要です。 ただ、過剰な心配からビクビクしすぎることはストレスとなり、逆に免疫の力を下げてしまうように思います。 あまり、神経質にならずに適切な注意を怠らずリラックスして治療にのぞんでください。

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岡江久美子さんはなぜ亡くなった?コロナとがん治療の関係とは!?

岡江久美子 乳がん ステージ

乳がんのステージは、8つに分けられていて、数字の小さい方が初期、大きくなるにつれて末期へとなっています。 主に腫瘍の大きさと転移の有無を基準として各ステージに振り分けられます。 ステージ2は大きく2つに分けられ、腫瘍の大きさが2センチより小さいがリンパ節への転移が認められる場合、もしくは、腫瘍の大きさが2. 1センチ~5センチでリンパ節への転移が認められない場合はステージ2A、腫瘍の大きさが2. 1センチ~5センチでリンパ節への転移が認められる場合、もしくは、腫瘍の大きさが5センチよりも大きいがリンパ節への転移が認められない場合はステージ2Bと定められています。 リンパ節への転移と聞くと、「身体のどこかに転移していないか」など心配な点が増えると思いますが、乳がんのステージ2が見つかったといっても、末期や全身への転移などですぐに死に至るというようなことはありません。 実は このステージ2での癌の発見は、どちらかと言うと早期発見であり、手術や化学療法など適切な治療によって社会復帰もできる状態なんです。 あまり気負いしすぎず、治療を進めましょう。 そして、他に気になることと言えば、生存率ですよね。 この乳がんのステージ2の段階では、生存率は8~9割と高い水準を保っています。 ただ、この生存率はステージ2のもので、高い生存率になるには早くがんを発見できるかどうかにかかっています。 早く発見できれば治療の幅も広いので、それだけ治療ができるということにもなります。 乳がんのステージ2の状態では、再発する可能性はあるのでしょうか。 再発のお話をする前に、少し治療法についてご説明いたします。 乳がんが見つかった際、腫瘍を取り除くことを第一に考えます。 乳房の部分切除、または乳房切除を行うことになります。 このあと、術後放射線治療を施行し、治療は続くのですが、腫瘍の大きさによっては、化学療法を行い小さな腫瘍にしてから、切除をするパターンもあります。 リンパ節への転移が確認できる場合には、リンパ節切除も同時に行うこともあります。 術後、切除した部位の組織を病理診断し、がんの形態や性質、原発なのか、どのように広がっているのか、再発の危険性を調査します。 この結果を持って、放射線治療の内容やホルモン療法、化学療法、分子標的治療などの選択を行っていくこととなるでしょう。 さて、再発とは、あまりいい意味でなく、治療してがんがなくなったあとに再び出現し、乳がんを発症することを指します。 乳がんは、治療してから3年の間に再発することが多いと言われいますが、個人差があり、5年後、10年後に再発したという方もいらっしゃいます。 ステージ2の場合、適切な治療を行いがんの治療を継続して行っていると、再発率は13%と比較的低い数字であると報告されています。 先述しましたが、 乳がんステージ2は早期発見なんです。 したがって、早期発見からしっかり治療し、手術、放射線治療などを乗り越え克服することで、以前と同じ生活もできますし社会復帰もできます。 その上、再発率も10%台と低めです。 乳がんが発覚したとはいえ、あまり不安に思いすぎず、前向きに治療を進めていってくださいね! 不安なことは溜め込まず、、医師や看護師、家族などとゆっくりお話くださいね。

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【追悼・岡江久美子】乳がんの相談を受けていた10年来の友人が告白「発熱前日にLINEした、志村けんさんのこと」

岡江久美子 乳がん ステージ

新型コロナウイルスによる肺炎のため、4月23日朝、東京都内の病院で亡くなった、女優でタレントの岡江久美子さん。 63歳だった。 「はなまるマーケット」(TBS系)の司会やドラマ「天までとどけ」(TBS系)のお母さん役など、元気なキャラクターで親しまれた岡江さんだが、昨年末に乳がんの手術を受け、今年1月末から2月半ばには放射線治療を受けていたという。 周囲にも明かしていなかった病気について相談を受けていた友人の女性が、マスコミ業界関係者のAさんだった。 「文春オンライン」の取材に、Aさんは涙ながらに思い出を語った。 録画していた志村けんさんの追悼番組を見ながら、『番組見てたら岡江さんの名前がエンドロールに出てたから思わず写メりました』って写真を送ったら、『あ~見損ねた~私も見たかった!』というような返信があって。 岡江さんがコロナに感染していたことは知りませんでした。 ただ、岡江さんが発熱した3日も、別の要件で連絡したのに返信がなくて……。 忙しいのかなと思って、それからは他愛もないメッセージを私が一方的に送っていたのですが、十数回連絡しても全てに既読がつかなかった。 そろそろおかしいと思ってちょうど昨日(4月22日)、改めて連絡しようと思っていたところでした。 結局、志村さんについてのやり取りが最後の連絡になってしまいました」 テレビ番組の仕事を通じて知り合った2人は、10年以上の付き合いがある友人だった。 Aさんは岡江さんを姉のように慕っていた。 いつも可愛がっていただいていました」 「私には男の考え方がわからないから」 2人でよくお酒も飲みに行ったという。 「最後に2人で会ったのは3月初旬。 岡江さんの家の近くで食事をしました。 私のお酒に付き合ってもらったんです。 仲良くなったきっかけもお互い日本酒が好きだったから。 最近の岡江さんは、飲んだとしても健康に気を付けてハイボールでしたが、いまでも日本酒は好きでしたね。 芸能人とか女優っていう雰囲気を微塵も感じさせない気さくさで、いろいろなお店に連れて行ってもらいました。 個人的な相談にも乗ってくれました。 私が夫婦の問題について相談を持ちかけると、『私には男の考え方がわからないから、獏ちゃんに聞いてみなよ!』って、旦那さんの大和田獏さんを呼び出してくださったこともありました。 獏さんと岡江さんはとても仲が良かったですよ。 私が魚好きなのを知っていて、岡江さんと2人で飲みに行くときは必ず魚を食べられる店を選んでくれました。 熱海に岡江さんおすすめの魚屋さんがあって、そこにもゴルフの帰りに2人でよく買い物に行きました。 ついこの間も、岡江さんと『おさかな買いに行こう』っていう話をしたばかりでした」 岡江さんは、英会話、旅行、ゴルフなど趣味も多かった。 「岡江さんは60代とは思えないほど元気なんです。 あんな元気な人は、なかなかいませんよ。 ゴルフに一緒に行くと、私はカートに乗るのに、岡江さんは絶対に乗らないで歩く。 健康面をものすごく気を付けていて、『はなまるマーケット』時代の知識も豊富にあるから、健康の相談にも乗ってもらっていました」 乳がんの相談を受けていた Aさんは、昨年末に岡江さんが手術を受けていた乳がんについても相談を受けていた。 「病気のことは、ほとんど誰にも打ち明けていなかったと思います。 なぜ私に相談したかといえば、岡江さんよりも前に、私自身が乳がんになった経験があるからなんです。 その時、岡江さんに相談したら自分の事のように心配して、病院探しに奔走してくれました。 それで見つけてくれた病院で治療して、私はほぼ完治に近い状態になっています。 そのあとに岡江さんの乳がんも発覚したのですが、超初期なので治療も数日で済んだと聞きました。 岡江さんがあの時、病院を探してくれたから私は今生きているようなもの。 本当に感謝しています」 岡江さんは「はなまる」出演当時、母親の介護に熱心だったことが報じられている。 「介護していたということも、報道が出るまで全然知りませんでした。 友人同士でご飯を食べたりするときも終始明るくて、そんな苦労を周囲に感じさせないんです。 最近は仕事よりも、家族と過ごしたり旅行に行ったり、好きなことをして過ごしていたみたいです。 他にも、3日間プリンだけを食べる旅行をしたって写真が送られてきたり。 バイタリティがあって、面白い人でした」 忘れられない「別れ際の岡江さん」 岡江さんの突然の訃報に、著名人からも続々とお悔やみコメントが寄せられている。 いち早くコメントを発表した1人が、長年仲が良かったという中山秀征だった。 「岡江さんは秀さんと本当に仲が良くて、よくお酒も一緒に飲んでいたと思います。 『ローカル番組に秀ちゃんがこの前呼んでくれたの。 地方だったけど、秀ちゃんだったから出ちゃった』って、嬉しそうに報告してくれたこともありました」 岡江さんは今後の仕事について、こんなことを漏らしていた。 「『はなまる』が終わってからは、『また女優をしたい』って洩らしていました。 生放送を毎日やっていたら連続ドラマは出られないですからね」 Aさんには、忘れられない岡江さんの印象的な姿があるという。 「飲みに行った帰り際って、『バイバーイ!』って手を振って、たいていもう1回くらい振り返って手を振り直したりするじゃないですか。 でも、岡江さんは1回別れたら、一切振り返らないんですよ。 その姿がすごくカッコいいなって、いつも思っていました。 でもまさか、そんな別れ際のような去り方で逝ってしまうなんて……。 本当に素敵な姉さんでした」 Aさんは声を震わせながらも、つとめて明るく話してくれた。 (「文春オンライン」特集班/Webオリジナル(特集班)).

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