昭和 同人 道。 純愛同人

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昭和 同人 道

【内容情報】(出版社より) 建築が最も輝きを増した時代 社会に「建築」が求められた復興期。 そして、1964年東京五輪でついに頂点へー 名建築の現状を、ほっこりイラストとうんちくルポで伝える「建築巡礼」シリーズの戦後編。 1964年東京五輪に向けての飛躍を検証します。 建築巡礼は、そのことに気付かせてくれる。 いつも疲れた脳味噌に感動を届けてくれてありがとう、と言いたい。 イラストを通じて、名建築の魅力を伝えるこの企画は素晴らしいと感じています。 亀井 忠夫(日建設計 代表取締役社長) 建築史の本にはない、建築の真価 建築を「巡礼」するということは、「本当にすごいのか?」という不安と隣り合わせ。 それゆえ、現地で溢れる発見、止まらない妄想! はなから「この建築はすごいのだ」の建築史の本にはない、建築の真価がここに凝縮。 イラストはカラー化。 終戦から東京五輪まで名建築55選。 藤森照信氏と選ぶ戦後建築この10人。 【目次】(「BOOK」データベースより) 1 復興期ー1945-1955(岩国徴古館|1945|佐藤武夫ー戦時下のファンタジー/藤村記念堂|1947|谷口吉郎ー動線としての建築/八勝館御幸の間|1950|堀口捨己ー懐石料理とモダニズム ほか)/2 葛藤期ー1956-1960(松井田町役場(松井田文化財資料室)|1956|白井晟一研究所ー縄文は弥生に再び勝利する/秩父セメント第2工場(現・秩父太平洋セメント秩父工場)|1956|谷口吉郎+日建設計工務ー自らのように自らをつくる/福島県教育会館|1956|ミド同人ーイッツ・オンリー・ロックンロール ほか)/3 飛躍期ー1961-1964(群馬音楽センター|1961|アントニン・レーモンドー遠き山に日は落ちて/大原美術館分館|1961|倉敷レイヨン営繕部(浦辺鎮太郎)-実現されたユートピア/常滑市立陶芸研究所(現・とこなめ陶の森陶芸研究所)|1961|堀口捨己ー寄り道ー永遠にあせない紫モザイク ほか) 【著者情報】(「BOOK」データベースより) 磯達雄(イソタツオ) 1963年埼玉県生まれ。 88年名古屋大学工学部建築学科卒業。 88-99年「日経アーキテクチュア」編集部勤務。 2000年に独立。 02年から編集事務所・フリックスタジオを共同主宰。 桑沢デザイン研究所非常勤講師、武蔵野美術大学非常勤講師 宮沢洋(ミヤザワヒロシ) 1967年東京生まれ、千葉県育ち。 90年早稲田大学政治経済学部政治学科卒業、日経BP社入社。 文系なのになぜか「日経アーキテクチュア」編集部に配属。 以来、現在まで建築一筋(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです).

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【内容情報】(出版社より) 建築が最も輝きを増した時代 社会に「建築」が求められた復興期。 そして、1964年東京五輪でついに頂点へー 名建築の現状を、ほっこりイラストとうんちくルポで伝える「建築巡礼」シリーズの戦後編。 1964年東京五輪に向けての飛躍を検証します。 建築巡礼は、そのことに気付かせてくれる。 いつも疲れた脳味噌に感動を届けてくれてありがとう、と言いたい。 イラストを通じて、名建築の魅力を伝えるこの企画は素晴らしいと感じています。 亀井 忠夫(日建設計 代表取締役社長) 建築史の本にはない、建築の真価 建築を「巡礼」するということは、「本当にすごいのか?」という不安と隣り合わせ。 それゆえ、現地で溢れる発見、止まらない妄想! はなから「この建築はすごいのだ」の建築史の本にはない、建築の真価がここに凝縮。 イラストはカラー化。 終戦から東京五輪まで名建築55選。 藤森照信氏と選ぶ戦後建築この10人。 【目次】(「BOOK」データベースより) 1 復興期ー1945-1955(岩国徴古館|1945|佐藤武夫ー戦時下のファンタジー/藤村記念堂|1947|谷口吉郎ー動線としての建築/八勝館御幸の間|1950|堀口捨己ー懐石料理とモダニズム ほか)/2 葛藤期ー1956-1960(松井田町役場(松井田文化財資料室)|1956|白井晟一研究所ー縄文は弥生に再び勝利する/秩父セメント第2工場(現・秩父太平洋セメント秩父工場)|1956|谷口吉郎+日建設計工務ー自らのように自らをつくる/福島県教育会館|1956|ミド同人ーイッツ・オンリー・ロックンロール ほか)/3 飛躍期ー1961-1964(群馬音楽センター|1961|アントニン・レーモンドー遠き山に日は落ちて/大原美術館分館|1961|倉敷レイヨン営繕部(浦辺鎮太郎)-実現されたユートピア/常滑市立陶芸研究所(現・とこなめ陶の森陶芸研究所)|1961|堀口捨己ー寄り道ー永遠にあせない紫モザイク ほか) 【著者情報】(「BOOK」データベースより) 磯達雄(イソタツオ) 1963年埼玉県生まれ。 88年名古屋大学工学部建築学科卒業。 88-99年「日経アーキテクチュア」編集部勤務。 2000年に独立。 02年から編集事務所・フリックスタジオを共同主宰。 桑沢デザイン研究所非常勤講師、武蔵野美術大学非常勤講師 宮沢洋(ミヤザワヒロシ) 1967年東京生まれ、千葉県育ち。 90年早稲田大学政治経済学部政治学科卒業、日経BP社入社。 文系なのになぜか「日経アーキテクチュア」編集部に配属。 以来、現在まで建築一筋(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです).

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稲垣道 The Museum of Modern Aomori Literature 平成18年度 調査員報告 千田節生 調査報告 調査対象 稲垣道 いながき みち プロフィル 歌人。 昭和23年の16歳から作歌。 その年に「国原」に入会、稲垣浩に師事し現在主宰。 昭和30年に「まひる野」に入会し、窪田章一郎に師事し現在有力な同人として活躍。 平成元年10月から現在もNHK八戸文化センター講師として「短歌入門」「万葉集」等の指導をしており、「航跡」19号まで発行、また八戸市鴎盟大学講師を昭和54年より現在まで28年間している。 謹んで御冥福をお祈りいたします。 主な作品 『冬の園』『母の紋章』『花の流離』『かたかごの花』『光の渚』 青森との関わり 八戸市生まれ。 稲垣浩亡きあと「国原」を主宰。 八戸学生短歌協会初代会長、日本歌人クラブ県委員を務める。 現在、県歌人懇話会副会長。 作家解説 昭和23年の16歳の時に啄木にあこがれて歌を作り、デーリー歌壇に投稿し天位に入選。 それをきっかけに各新聞歌壇に投稿しはじめる。 その年の冬、八戸市の歌誌「国原」に入会し稲垣浩に師事。 30年から中央歌誌「まひる野」同人となり、窪田章一郎に師事。 稲垣浩の逝去を受けて53年5月より「国原」を主宰。 その後「国原」は57年に青森県芸術文化報奨、平成15年に青森県文化賞、平成18年には青森県褒賞を受賞し、現在に至るまで発行が継続されている。 若い詠み手を育成するため昭和54年に八戸学生短歌協会を結成、初代会長となる。 平成元年には「東奥日報」「デーリー東北」の歌壇選者を務め、その後、東北短歌大会、青森県短歌大会、北奥羽短歌大会等の選者を歴任、平成13年から青森県歌人懇話会副会長を務め在任中である。 青森県の短歌の発展に果たした功績は大きく、これまで数々の文化賞を受賞、2基の歌碑が建立されている。 受賞歴…北奥羽短歌大会八戸市長賞(昭36)、国原賞(昭44)、青森県準短歌賞(昭52)、八戸市文化奨励賞(昭60)、青森県歌人賞(平4)、青森県歌人功労賞(平7)、八戸市文化賞(平8)、青森県芸術文化報奨(平11)、八戸市文化功労賞(平15)、青森県歌人懇話会創立50周年記念式典記念表彰(平16) 歌碑の歌…みちのくの水芭蕉めでのぼり来し丘にひそかにキリストの墓.

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