やさしい 悪魔 吉田 拓郎。 キャンディーズ やさしい悪魔 歌詞

キャンディーズに提供した「やさしい悪魔」を直ちにセルフ・カヴァーした吉田拓郎|TAP the SONG|TAP the POP

やさしい 悪魔 吉田 拓郎

3月1日にシングル発売されてヒットした吉田拓郎の作曲による「やさしい悪魔」のほか、ビートルズなど洋楽のカヴァー曲、メンバーが作詞・作曲に挑戦した楽曲が入った内容だったからである。 キャンディーズの本格的なブレイクで湧いていたファンの間に予想外の衝撃が走ったのは、その年の7月17日だった。 日比谷野外音楽堂のコンサートの最後に、彼女たちは涙を流しながら突然の解散宣言を行ったのである。 そんなキャンディーズにとって「やさしい悪魔」は、解散宣言を発表する以前に最も売り上げがあったヒット曲だった。 これは所属していた渡辺プロダクションの渡辺晋社長が、「3人を大人にしてくれ」と作詞家の喜多條忠に頼んだことで誕生したと言い伝えられている。 喜多條は「全面的に任せる」と言われたので、「網タイツ姿で歌わせてもいいか」とほぼダメ元で提案したらしい。 ところが渡辺晋からはその場で、「構わないと言われて驚いた」と後に振り返っている。 そうしたゼネラル・プロデューサーの要望に応えて出来上がった歌詞だったから、確かにそれまでとは違って大人の雰囲気を醸し出すものとなった。 そこに吉田拓郎のメロディがついたことで、キャンディーズらしい傑作が生まれたのである。 あの人は悪魔 私をとりこにする やさしい悪魔 レースのカーテンに あの人の影が映ったら 私の心は もう動けない Uh ふたりの影はやがて ひとつのWohWohWoh 燃える シルエット Ahh DEVIL MY SWEET LITTLE DEVIL Woo やさしい悪魔 Ahh DEVIL MY SWEET LITTLE DEVIL Woo やさしい悪魔 作曲を手がけた吉田拓郎のリズムとメロディーもまた、歌謡曲の職業作家と比べるとやはりどこかに違いを感じさせる。 特に「🎵あの人は悪魔(Ahh)私をとりこにする(Woo)」と語尾を強調する歌い方や、「🎵(Woo) ふたりの影はやがて ひとつの(WohWohWoh)」という譜割りには、ロカビリー全盛時代の和製ポップスや、「上を向いて歩こう」などにも通じる懐かしさがあったのだ。 洋楽やロック、フォークを好む高校生や大学生から大人にまで、キャンディーズのファン層がここで広がったのは、そんなところにも要因があったのではないか。 その当時に人気が爆発していたピンク・レディーが、ヒット曲を出すごとにファン層が低年齢化していったのとは対照的だった。 「3人を大人にしてくれ」というゼネラル・プロデューサーの希望は、こうして「やさしい悪魔」で叶うことになった。 しかし斬新さを打ち出したために歌唱の難易度は高く、レコーディングでの歌入れが難航したという。 吉田拓郎もオケ録りのときから、イントロの靴音を録音する際に様々な靴で何度も試行錯誤するなど、サウンドへのこだわりを見せた。 ギター持参でスタジオに入った吉田拓郎は付きっきりで歌唱指導したが、各メンバーの力を存分に引き出そうとしたことで、コンディションのすぐれなかった伊藤蘭が泣き出すシーンもあったという。 しかしその厳しさがあったからこそ、美しく調和がとれたハーモニーとごきげんなビート感が程よくマッチングした、絶妙の仕上がりになったのだろう。 このときの吉田拓郎は単なる作曲家としてだけでなく、プロデューサー的な関わりも十分に意識していたと思われる。 それは1972年に大ヒットした「結婚しようよ」のときにアレンジを引き受けてくれた、元ザ・フォーク・クルセダーズの加藤和彦が、スタジオあったイスを叩いて鳴らしてみて、気に入った音を効果的に使ったのを目の当たりにして、「目からウロコでした。 パッ、と目の前の音楽観が広がった」と語った体験にもつながるエピソードだった。 (参照コラム・ なお「やさしい悪魔」がヒットしていた1977年4月25日、吉田拓郎は他の歌手への提供曲などをセルフ・カヴァーした楽曲を中心に、石原裕次郎の「夜霧よ今夜も有難う」や郷ひろみの「よろしく哀愁」なども唄ったアルバム『ぷらいべえと』を発売している。 そこにはキャンディーズの「やさしい悪魔」がしっかりと収められていた。 キャンディーズのアレンジとは雰囲気が違ってシンプルなギターサウンドだったが、それを実にサッパリとした感じで唄っているのが吉田拓郎らしいところだ。 またアルバムのジャケットを飾ったのも、吉田拓郎自身が描いた伊藤蘭の絵だった。

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キャンディーズ「やさしい悪魔」レア音源エピソード

やさしい 悪魔 吉田 拓郎

この「やさしい悪魔」は1977年3月にリリースされた「キャンディーズ」の通算13枚目のシングルだった。 この「やさしい悪魔」は当時大胆な衣装と斬新な振り付けで登場した彼女たちのこれまでのイメージを一新したことでも話題を呼んだ。 またさらにこのシングル・レコード初回プレス盤はその後のセカンド・プレス盤や一般にCD化された音源とは相違があるようだ。 筆者がこのエピソードを知ったのは音楽雑誌「レコード・コレクターズ」2011年7月号「キャンディーズ特集」の記事だった(写真3 「レコード・コレクターズ」2011年7月号表紙)。 なんでも初回プレス盤では靴音の擬音、ウッドブロック系の打楽器音が全体的に挿入され、マニアの間では「木魚バージョン」と呼ばれているそうだ。 しかし直ぐセカンド・プレス以降CDにも別バージョンに差し替えられたためこの初回プレス盤はレア音源とされた。 シングル初回プレス盤見分け方はレコードA面送り溝に刻印された「マトリックス Matrix 番号」でわかるそうである。 初回プレス盤マトリックス番号は「06SH 128A1」と刻印、筆者のコレクション盤も同様の番号が刻印されているので初回プレス盤と判明した次第である(写真4 「トリックス番号」筆者コレクション盤)。 なおセカンド・プレス盤には「06SH 128A2」が刻印されこの打楽器音もサビの部分を中心に小さな音で収録されているようだ。 なかなか興味深いエピソードである。

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キャンディーズ「やさしい悪魔」レア音源エピソード

やさしい 悪魔 吉田 拓郎

1977年 作詞 喜多條忠 作曲 吉田拓郎 アルバム「ぷらいべえと」 悪魔が来たりて曲をかく いわずと知れたトップアイドルのキャンディーズへの提供曲で大ヒットしたことは説明の必要はあるまい。 後に「解散」が宣言され、解散のカウントダウンの「ご祝儀相場」でラストのシングルはかなり売上を伸ばしたが、それまで「やさしい悪魔」は、キャンディーズの過去のシングル売上で最高枚数を記録していた。 「春一番」「年下の男の子」よりもはるかに売れたのである・・って説明してるじゃん。 吉田拓郎の作曲家としての威力をあらためて広く一般人に知らしめた。 ・・少なくとも私の中学のクラスではそうだった 爆。 お色気上等の「ピンクレディー」がデビューとともに猛追を始め、キャンディーズとしても戦略的に「大人化計画」が必要ということで、ナベプロから直々に喜多條忠と御大が抜擢されたのであった。 アイドル好き、わけてもキャンディーズが大好きだった御大がこの仕事をガンバラナイはずがない。 渾身の本曲は、大人のムーディな雰囲気を漂わせながらも、幕の内弁当のようなテンコモリのメロディー展開が詰め込まれている。 特に「やがてひとつのwohwohwoh・・」という御大ならではのキャッチーでポップなフレーズも入れこまれた見事な作品に仕上げられた。 キャンディーズファンの自民党・石破茂も一番完成度が高い作品であると評した。 憲法観は異なるが、この意見は認めざるを得ない。 なんだそりゃ。 歌う方には難曲になってしまい、特に蘭ちゃんはある事情で体調がよくなく音程が不安定なところを、御大はサインはVの中山仁のような鬼コーチぶりで 私の推測 で歌唱指導したため、ついに泣きだしてしまったとキャンディーズのファンクラブの会報に書いてあった。 当時スーちゃんが「んーんーんーやらしい悪魔」とネタにしていたのはもしかして御大のことだったのだろうか。 ラジオ番組の音楽夜話で小室等は「難曲にしてキャンディーズとの歌唱指導の時間を増やしたかっただけだ。 こんな曲はおまえが歌ってみろ。 」と怒っていた。 ファンとしては、そんな姑息なことをする御大ではないと・・・断言できないところが辛い。 曲の最初のカウントは、拓郎の靴でスタジオの床を叩いて録音した。 最近 2015年 の御大のつぶやきで「靴音に酔う」という言葉があったが、そんな御大ならではの発想だ。 カウントは7回で、ちなみにファンはコレにあわせて「C! 」とシャウトしなければならない。 よく作りこんであり、さすが御大だ。 またコーラスにも参加したとのことだ。 確かに、やりたい放題の御大だ。 ・・・ついキャンディーズのことなので熱く語りすぎてしまったが、そのほかのことは「uramado提供曲編」で。 御大はアルバム「ぷらいべえと」で、ほぼ時期を一にして本人歌唱を収録する。 原曲とは雰囲気の違うシンプルなギターサウンドで、どうやらミュージシャンはつかずに御大一人で録音したらしい。 ずいぶんサッパリとした感じで、バンドで演ったらどうなんだとろうと当時少し思った。 そしたらその10年後、頼みもしないのに 笑 、SATEOツアーで、バンドバージョンで演奏してくれて驚いたものだ。 やはりバンドサウンドの方が、この作品の練られた組み立てと奥行きが生かされるのではないかと僭越にも思ったものだ。 しかし、この昨品はやはり魅力ある女性アイドルやシンガーに歌い継いで行ってほしいと願う。 特にキャンディーズの復活がかなわないことになった今、日本音楽界の末永きスタンダードになって欲しいと願うばかりだ。 2016.

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