いじめ 加害者 賠償金。 いじめ被害を責任追及!加害者・学校の民事訴訟・刑事事件、ケース別に解説

子どものいじめで損害賠償請求は可能か? 法的対処法を弁護士が解説

いじめ 加害者 賠償金

自分は高校でいじめを受けていて、不登校になり、精神科に通うようになりました。 この場合加害者と学校にの請求は出来るのでしょうか? いじめの内容というのが、 ・悪評を周りに植えつける。 あいつに俺の女を奪い取られた ・上記の悪評を広められたために他の生徒から暴行を受ける可能性がある。 ・ LINE により個人が特定できるような彼女とのツーショットをばら撒かれる。 ・自分が退学するとの嘘の情報を流す。 そして学校側は ・いじめの事実を知りつつも加害者を擁護する体制をとり、自分が受けたいじめについては学校側では何も出来ないから諦めろと言われる。 ・学校じゃどうしようも無いからそんなに嫌ならでもなんでも行けとの暴言 この場合、民事訴訟で加害者と学校を精神的苦痛で慰謝料請求をする事は出来るのでしょうか? また、刑事訴訟の場合は口頭だけの悪口では名誉毀損による訴訟は難しいでしょうか? 乱文失礼致しました、回答お願い致します。 民事訴訟で勝訴できるかは、相手方に対する関係では、いじめの事実そのもの、いじめにより精神疾患を発症した因果関係を証明できるか、また、学校に対する関係では、学校がそれを防止する措置を講じることが出来たのにそれを怠ったことを証明できるかにかかっています。 確実な証拠として何を押さえていますか?いじめの裁判に関して言えば、当事者の主張と尋問だけでいじめの事実を認定して請求を認容している事案もあるようですが、本人の記憶と主張だけが頼りというのでは、当たるも八卦当たらぬも八卦の賭けごとのような裁判になります。 刑事訴訟についてです。 口頭だけの悪口でも、名誉毀損罪やは成立します。 問題はそれを捜査官憲が取り扱ってくれるかにあります。 刑事訴訟は、が捜査をして、それを踏まえて検察官が起訴して初めてスタートすることになります。 まずを警察官に受け取ってもらえるかが問題です。 捜査する権限も能力もない一私人に対して「まず証拠を持って来い。 」などといって、被害届の受け取りを何とか拒もうとすることが多いので苦労します。 たとえ警察が捜査してくれても、検察官が起訴してくれるかが次のハードルです。 起訴猶予、嫌疑不十分として起訴しない場合もあります。 これらの関門を越えられれば、ようやく裁判所に起訴されることになります。 起訴されれば、現状の刑事裁判の有罪率を考えれば、ほぼ有罪の結論に至ります。

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パワハラはすぐに相談!職場の上司からのいじめの相談先や慰謝料の相場は?

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大津市中2いじめ自殺事件 正式名称 大津市中学生いじめ自殺事件 場所 標的 男子中学生(当時) 日付 2011年9月29日、2011年10月8日、2011年10月11日(自殺) 2011年10月11日 午前8時ごろ 懸賞金 400万円 攻撃手段 、、 攻撃側人数 複数の同級生 死亡者 1人(自殺) 負傷者 全身あざ 犯人 少年A~少年F 動機 ゲーム感覚 対処 、、児童相談所送致 大津市中2いじめ自殺事件(おおつしちゅう2いじめじさつじけん)は、10月11日に内の中学校の当時2年生の男子生徒がを苦にするに至った事件である。 事件前後の学校との隠蔽体質 が発覚、問題視され、大きく報道された。 翌年には本事件が誘因となってが国会で可決された。 また、被害者は Aと呼ぶ。 事件の経緯 [ ] 大津市の中学校で発生した出来事で、複数の同級生 加害生徒3名 が2011年9月29日に体育館で男子生徒 被害生徒 の手足をで縛り、口をで塞ぐなどの行為を行った。 10月8日にも被害者宅を訪れ、自宅から貴金属や財布を盗んだ。 被害者は自殺前日に自殺を仄めかすメールを加害者らに送ったが、加害者らは相手にしなかった。 男子生徒は10月11日、自宅マンションから飛び降り自殺した。 被害者の自殺後も加害者らは自殺した生徒の顔写真に穴を空けたり落書きをしたりしていた。 学校と教育委員会は自殺後に、担任を含めて誰もいじめの事態に気付いていなかった、知らなかったと一貫して主張していた。 後のの取材で、学校側は生徒が自殺する6日前に「生徒がいじめを受けている」との報告を受け、担任らが対応を検討した事は認めたが 、当時はいじめではなくと認識していたと説明した。 学校側と監督する教育委員会も当初自殺の原因はいじめではなく家庭環境が問題と説明していた。 加害者 [ ] 最初は被害者と共に仲が良かったが、同級生の女の子が『あいつ、キモい』と言い出してきたのが原因でいじめに繋がった。 少年A(犯行当時13歳)・Aと違うクラス 少年B(犯行当時13歳)・Aと同じクラス 少年C(犯行当時13歳)・Aと同じクラス 少年D(犯行当時12歳)・Aと違うクラス 少年E(犯行当時12歳)・Aと同じクラス 少年F(犯行当時12歳)・Aと同じクラス 9月 [ ] 8日 グランドでの予選があり、綱引きの順番を待っている時、何度か座っているAの後ろから少年Cがした場合、横に回した腕がAのあるいは首の部分を圧迫するようになる。 力をかけて後ろに倒すということがあった。 少年Bが倒れて Aの上に乗って肩を押さえていた。 また 少年Bもをかけたことがあった。 その後、少年Bは毎日のようにAに対してヘッドロックをかけ、後ろに倒すということをしていた。 しかしAが少年Bに対して同様のことをすることはほとんどなかった。 少年Bは、一学期の際はAとプロレスごっことして、お互い立って互いの肩に手を乗せた状態から足でこかすということをしていたが、9月になってからは倒すだけではなく、仰向けやうつ伏せになった状態から抜け出せるかということをするようになった。 対戦は少年Bの方がAの上になることが多かったが、Aが入れ替わって行うこともあった。 このような行為はAが嫌がることもあったが、休み時間ではほぼ行っていた。 教室のAの席の辺りで少年B、少年C、少年E、少年Fが集まっていたところ、少年CがAに「お前、きもいな。 」 「ほんま、お前きもいねん。 」と Aの肩を叩いていた。 また、少年CはAを見て「イライラする」「やられているのにニコニコして嬉しがっているみたいで腹が立つ」と言っていた。 少年BがAを押さえつけ、Aの腹を殴って「やり返してこい! 」と言うことが起こり、二学期になってから同じような事がおよそ20件ほどあったが、Aはやり返すことはなかった。 部活動が休みの日に少年A、少年B、少年C、少年Eの4人が、スーパーマーケットでペンやお菓子などを窃盗した。 この頃から、昼休みや10分休憩時にトイレや教室の後ろで、少年Bと少年CがAに対し「トイレに行こう」と誘うようになった。 他の生徒2人ないし4人が同行した。 トイレに来たAに少年Bらが何も言わずに一発殴り、抵抗しないAに「やり返してこないのか。 」と挑発した。 Aが反応しないのを見て少年Bがきつく叩き始めた。 10回程度殴られるとAも抵抗し始めた。 少年Bからの挑発に乗ってAが殴り返さないと止めてもらえないのでAも手を出し、以後本気での殴り合いとなった。 そしてAが泣きそうになったら殴るのを止めた。 挑発するまでは少年B・少年Cの2人で殴り、本気で殴り合いをするのは少年Bであった。 少年Bが挑発をするように教室の後ろで殴り合った後、トイレで本気の殴り合いをす ることもあった。 Aはほぼ一方的にやられていて、本気で殴り返したのは1回だけであった。 こうした時、少年BがAのメガネを取って投げた。 場所はトイレの奥で、少年B・少年C以外の者は手前の洗面所で見ているだけであった。 これらの行為は文化祭が行われた9月28日の前後でおよそ5回ほどあった。 当該クラス教室の清掃ロッカー近くで少年Aと少年Bが殴り合いをしていた。 Aのメガネを少年FがAの顔から奪い取って持っていた。 少年Cが扇動していた。 本気の殴り合いであった。 少年BがAの顔面を右の拳で 2発殴った。 少年Cが「Aもやり返せよ。 」と言うので、Aが顔面を1発殴り返したが,相打ちで少年Bの顔に軽く当たった。 続い て、少年Bが3発顔面を殴ったのを見て、少年Cは笑っていた。 少年BがAの肩を持って屈ませた状態でAの腹を1回膝蹴りした。 この状況をクラスの生徒の半分以上は見ていた。 当該クラスの教室前廊下後ろ入口付近でAがうつ伏せで横になり、その上に少年Bが跨がり、Aの首を絞めていた。 Aは苦しそうだった。 少年Cは傍に立って笑っていた。 その周りには生徒がたくさんいた。 10分休みの時間にクラスの生徒がAのメガネを隠しながら回し合っていた。 こうした行為はほぼ毎日行われ、1日に 2回行われることもあった。 メガネを奪うのは、最初は少年Bと少年Cであった。 その後、少年E・少年Fにも回っていく。 メガネを奪われ回されてしまったAは、視力が悪いことから机にうつ伏せるようにしていた。 少年B・少年CがAに「 クラスの一人の女子生徒に 告白しなければ友達やめるぞ」と言い、更にその女子生徒に聞こえるように「告れよ!」と言っていた。 Aは「そんなん無理やし…」と言うと 少年Bと少年Cが「あいつ 女子生徒 やばいしな。 」と言っていた。 こうした行為が3回ほどあった。 廊下で少年Bと少年CがAに「(他のクラスの生徒に向けて)土下座しろ。 」と強用した。 Aは,「 すいませんでした! 」と2回ほど叫んだ。 A達の担任は教室清掃の時間にAの机から物が落ちてきたのを確認し片付けをした際、机の中に教科書と一緒にぐちゃぐちゃになった成績カードがあったことを確認した。 成績カードの提出日の前日、少年Bと少年CがAの机の側に立ち、少年CがAの机からAの成績カードを取り出し、それを破っていた。 成績カードの提出日にAは担任に対し「なくしました」と言った。 改めて担任はAに成績カードの提出を求めたところ、Aは「どっかいった」と答え、担任が以前に前述のぐちゃぐちゃの状態の成績カードを確認したことを言うと、Aは「知らん。 」と答えた。 その後、9月末か10月の初旬に、Aはビリビリに破られた成績カードを同級生にノートの切れ端やセロテープで貼り付けて直してもらって提出した。 その際担任がAに「どうしてこんなに酷い状態になったか。 」と聞くと、Aは「分からん」と答えた。 担任はそのカードを預かった上、古いカードを処分して新しいカードを作成した。 Aの首に腕を回して上に上げていた。 こうした時,傍ら には少年 Cがいた。 こうしたプロレスごっこを見た一人の先生は,だいたいAがや られる側で表情が真剣だったので,止めたことが何度かあり,その度に学年に連絡 した。 文化祭 9 月28日開催 前、当該クラス前の廊下で. 少年 A. 少年B. 少年C,あと 2人が固まっていて. 少年Cが厳しい 表情でAを拳で顔を一発殴り,その後. 少年CがAを倒し,起き上がろうとしたところ を, 上靴のまま顔を踏みつけ,その勢いでAは頭を廊下に打ち付けメガネが飛んだ。 その後. Aは泣いていた。 後から 少年Cに「あれ,やばない。 」と声をかけた生徒に対し て. 少年Cは「大丈夫,あれ遊びゃし。 」と言った。 次の授業の際. Aの右首辺りが赤く なっていたので,担当の輔が「首どうしたの? 」と聞いた際 Aは嘘をついた。 この頃. 少年Cが,仰向けになっている Aの上にまたぐように乗り,これに対し Aは抵抗せず寝ころび,うらやましそうな表情をしていたことがあった。 この頃から 教室に物を置いて「俺も行こう。 」と言って当該クラスの前 に行くようなった。 この頃. 少年Cが笑いながら前から Aを蹴ったことがあった。 少年Cは笑いながら Aを何度も殴っていた。 Aは「やめてよと言っていたが, 笑っているように見えた。 この頃のある日の 5時限が始まる昼休みの終わりに,教室の後ろで, 少年BがA の顔を手拳で殴っていた。 少年Cは少年Bの後ろに立ってこれを見ていた。 少年 Bは何回も顔ばかり集中的に拳で殴った。 殴っていた部位は, Aのメガネの周りやほほの辺りであ った。 この時, 少年Bも少年Cも笑っていた。 Aが少年Bにやり返そうとするが,反撃する勢い はなく, Aがやり返すと少年 Bが更に力を強くして何回も殴っていた。 この頃のある日の数学の授業の終わり頃. Aの前に座っていた 少年Cが後ろを振 り向いたときにAの顔にペンが当たりラインがついた。 Aは教員に「 トイレに行っていいですか?。 」と許可を求めたのに対し,教員はだめだと言ったがAはそれを無視 して洗いに行った。 授業が終わり. BはCに「 猫のひげみたいにしたらおもろいな あ。 」 と言った。 少年Cは「やったろうか。 」と言って. 少年BがAの上に馬乗りになり. 少年C がAの手と肩を押さえ. 少年 CがAの顔に 2. 3本ひげ様の線を書いた。 このとき担任 が「やめなさい。 」と 3. 4回注意したにも関わらず,やめなかったことから,担任 は,少年 CをAから離し. 少年Bを押さえつけて止めさせた。 その後, Aはトイレに行った。 この頃にも,プロレスごっこのようなことは常にやっていた。 少年 BがAの首を 締めたり. 少年BがAの上に乗ってヘッドロックをしていた。 この頃, トイレの中で. 少年 Bが横から Aの腰のあたりを蹴り. Aがよろけたとところ. A が少年Bを殴ったことがあった。 少年 Cはトイレの奥の窓の前でこの二人を見てい た。 少年Cの両サイドにあと何人かいた。 その後. A と少年Bがトイレから出てきたが,そ の時に Aが涙を流して泣いていた。 少年Bは半泣きの状態だった。 この頃の休み時間に. Aがメガネを取られていたことがしばしばあった。 この頃. 少年Cが. Aの頭に消しゴムの消しカスをかけたり,配布されたプリン トをまるめて Aの口に入れるようなことがあった。 その際,他の生徒は「やりすぎ ちゃう。 止めときや。 」などと声をかけることがあったが、やめなかった。 25日 Aは、に泊まっていたところ,その日の朝作った朝食を取っていた際突然腕流しながら「こんな食べたことはない。 」と何度も何度も言った。 Aは,食事が終わりソファに座っていた際,突柑園の首に前から抱きつき,泣きじゃくりながら 「暗くて静かな山の中に行って死にたいねん。 」と言った。 Aの様子がおかしかったので「つらいことがあったのか」と聴いたと ころ. Aは何も話さなかった。 そこで家でつらいととがあったのか? と聴くと首を横に振り 学校? と聴くと首を縦に振った。 さらに「学校で どんなととがあったの? 」 と聴いたが. Aは一切話さなかった は Aがそ んなにつらかったら学校は行かないでもいい。 おとうさん. おかあさんに頼んであ げてもいいけと言った。 その日の夜. 家に帰宅したAと改めて電話で話をし,最後に我慢 できなくなったら. 連絡して欲しい,その時は一緒に暗い山の中でも何処で も行くからと話した。 その後. 午後 11時頃,家を出て,近くのマンション 内のソファーで一夜を明かした。 10月 [ ] 3日(自殺8日前) 10分休みの際,教室で, 少年BがAの上に馬乗りになり,横から 顔面を拳で何発も殴っていた。 Aは, 少年Bに「やめて一。 」と言っていたものの, 少年Bは 止めなかった。 見ていた生徒はひどいなと思ったものの,どう接して良いか分から ない状態だった。 同日昼休みの時間にトイレにAが連れて行かれた後に 「パン」と殴られ る音がした。 その場に少年A,少年B, 少年C, 少年E, 少年Fがいたが, 少年Fが Aが殴られている。 と 言っていた。 同日, 5校時の理科が始まってすぐに,教員Bは, Aのメガネがゆがんでい ることに気づいた。 少年 Bが 「保健室に行きたい。 」と言ってきたところ, Aも一緒に 行くと言って 2人で保健室に行った。 保健室には, Aと少年Bが 2人で一緒に来室した。 保健室の養護教諭は,少年 Bが少し興奮ぎみであったので,心配となり, Aを待たせた上で, 少年Bと小声で話をした。 養護 教諭が「どうしたのか。 」と聞くと, 少年Bは, 「人を殴った。 Aを殴った。 」と言ったの で 「どうして? 」 と聞くと 「Aのしゃべり口調がいらいらするから。 」と言った。 養護教諭は, 少年Bに湿布の処置をした上, 少年Bの態度が気になったため「そういうストレス解消の仕方はあかんやろ。 放課後担任の先生から指導してもらうからね。 」と告 げた。 次にAを処置したが,左頬あたりを冷やすための保冷剤を渡した。 授業終了後,教員Bは, Aと少年Bが「行ってきたのか? 」 という問いに「行ってき た。 」と返事するものの,保健室からの報告の紙を持ってきていなかったので,本当 に行ったのかどうか状祝を確かめるため,授業後保健室に行った。 普段顔を見せな い教員 Bが来たため,養護教諭としてもAと少年Bとの問でただならぬことが起きてい ると,思った。 そして,養護教諭は,担任と話をするため,教員 Bと職員室に祉いた。 養護教諭は,担任に対し 「メモを見て,事実を確認してください。 指導をお願いし ます。 」と依頼したところ, 放課後,担任が, Aを呼び 「殴られたん違うんか。 」と問うと, Aは 「(少年B) の 手が顔に当たった。 」と答えたので,さらに「大丈夫か。 」と聞くと 「大丈夫。 」と 答えた。 一方,担任はBからは何ら聴き取りをしなかった。 翌日, Aの同が腫れて いるのを見て「大丈夫か 」と聞くと、 Aは「大丈夫。 」と答えた。 10 月4日の 4限 Hの道徳 学活 の授業が終了した後,教室で,少年 BがAを 押し倒して馬乗りになり,拳でAの顔面を殴っていた。 授業が終わり教室にいた担 任は 「止めとけよ。 」と言っただけで職員室へ戻っていった。 少年BはAを殴り終わっ た後 「トイレ行くぞ。 」と言って, Aとトイレに行った。 同日の帰りの会の前,教員Cが教員Dとともに当該クラスの前の廊下を通っ たら人だかりができていた。 その場にいた Bは興奮した様子だった。 当該クラスと は別のクラスの生徒に聞いたところ, AとBとの問でケンカがあったと答えたので, 教員 Cは担任にその旨を伝えた。 3日~ 5日(自殺6~8日前) 当該クラスの前の廊下の窓の枠に 少年Bが座り, 両手で窓と壁を持って体を反らし,完全に体が外に出るような状態を取っていた。 傍らにはAと少年Cがいた。 少年 Bは,へらへら笑いながら「 自殺の練習をするからはよせいよ。 」とAに向かつて言った。 Aは嫌そうな顔をして何度も「嫌や。 」と言った。 少年Cはずっと笑っていた。 Aがやろうとしなかったため. Bは真顔になって 「もういいし。 」と切れたような様子でその場を後にした。 少年Aと少年Cは「ちょっと待ってーな。 」 と言って Bの後を追いかけた。 別の日教室の窓枠に設置されている転倒防止用の鉄棒の上に腰をかけ,窓枠を逆手で押さえ,体を外に乗り出しながら, Aに対し「 やらな殴るで。 」と言った。 このときも Aは嫌な顔をしながら「 ほんま無理やから」と言って断ったところ. B は切れた口調で「 根性なしゃな。 」 と言った。 「 またやってんの! あほみたい! そんなんやって死んだらどうすんの。 」という声が上がったものの,少年 Bは無視をしていた。 5日(自殺6日前) 午前の慢業中,教員が黒板に板書している最中. Aの前に座っ ている 少年Cが. 後ろを振り向いて. Aの新しい筆箱に入っていたペンのインク オレンジ色 を取り,折って,机やAの服に付けた。 筆箱の中はインクまみれになった。 Aは小声で「やめて。 」と言っていた。 Aは、インクで汚れたため 「トイレに行ってきます。 」と言って. トイレに行き. 戻ってきた時には雑巾を持って帰ってきて. 授業中に机を拭いていた。 この日の 3限同の体育の授業の時,マット運動をした際. Aはいつもであれ ば自分から前に出て率先してやる性格なのに,その時は端でおとなしくしていた。 一人で前を見て少し笑ったりしていた。 みんなが楽しく騒いでいるとき,離れて無 口になっていた。 同日 6限同が終了し,帰りの会が始まる前の 10分休みに. 少年C. 少年Dを誘ってトイレに行った。 トイレで少年BがAの胸倉を掴み. 真剣な表情をして拳で 殴っていた。 Aはメガネをしたままの状態で. メガネは曲がっており,また,鼻当 てが当たっている部分に傷ができ穆んでいるような状態だ、った。 その場面を同筆し た生徒が教室にいた担任に rA 君がやられてるから,止めに行ってあげて。 Jと頼ん だところ,担任は,帰りの会を始めており貴重品を生徒に返していた所だ、ったので. その生徒に「貴重品を先に取りに来て。 」と言ったのみであり,対応をしてくれなか った。 生徒は担任の態度にもういいやと思い,廊下に居た教員 Iに fA君がやられ ているから助けに行ってあげてください。 Jと言ったところ,教員 Iはトイレに向か った。 帰りの会が終わった後, 「 いちいち,ちくらんでいいねん! 」という声が上が っていた。 放課後,担任は. A 少年とBを呼び,事情を聞いた。 そうしたところ, Aは メ ガネを少年 Cにとられたので,トイレへ追いかけた。 トイレにはすでに 少年B,少年C, 少年D,少年 E, 少年Fがいた。 少年 Bの『殴るぞ。 』の言葉に『いいよ。 』と声をかけた。 その言葉で少年Bが胸 を一発殴った。 そのあと, Aが少年Bの胸から肩の辺りを一発殴った。 その後数発ずつ 殴った。 その後, 少年Bからやめようと言われたので終えた。 『やり返さないと,もっと 強くするぞ。 』と言われたので,今日はやり返そうと思っていた。 」と述べ, Bは, 「以前から『やり返せよ。 』と言っていたのにやり返してこなかった。 うじうじして いる話し方や態度に腹が立っていたので,この日は話さないようにしてきた。 でも, Aがトイレに来て他の人に話をしている様子を聞いて,またうじうじしていたので 『殴っていいか。 』と尋ねた。 」と述べた。 担任が, Aに話を再度聞くと, Aは「今 まで,強くやり返したことはなかったが,初めて強く殴り返した。 」,「今日やられた このことについては嫌だった。 」と述べた。 その後,謝罪させ,二人 は笑顔を交わしていた。 その後,担任はAのみ残し,ケンカのことより家のことを 中心に約 20分話したが,その際. Aは,全く何とも思っていない. 少年 Bとは友達で いたいという話をした。 その後,担任は, Aと少年Bの双方の親を学校に呼び出して,学年主任と一緒に 事情を説明した。 このとき,父親は,担任から,生徒に確認したところ「あれはじ ゃれているのではなく,いじめだ。 」と言っていた乙とを聞いたが,担任らはケンカ であると説明を続けた。 この日以外にAに暴行が加えられていたことについて説明 はなかった。 教員 Eは,事務室前に落ちつきのない様子で誰かを待っているAを見かけた。 不安気な様子で事務室前をうろうろしていた。 このようなAは初めてであったとい う。 同教員は,今思い出すと Aがすごく不安でさみしそうな感じであったと感じて いた。 その日, Aと父親は,学校での聴き取りを終え,自宅へ帰る途中に,試験対 策のために問題集を買うためにスーハーマーケットに向かった。 スーパーマーケッ ト内でAは少年B. 少年 Cと出会った。 少年Bらは, Aに対して,邪魔するように 声をかけてきた。 父親は,少年 Bたちの態度からして,同人ら及び、Aの素行が気になった。 いつも楽しくしている Aとは違う感じがあり. 少年 B. 少年 Cと 離れて学校生活を送っているように見えた。 そこで,その生徒がAに「大丈夫」と 聞くと. Aは「大丈夫」と返答した。 9月頃に廊下でAが仰向けに倒され,その上に乗られ一方的に 顔を平手で叩かれていたような場面を二度ほど見かけ. Aが嫌そうな顔をしていた ので,大丈夫かと思っていた。 地域清掃についての説明会がなされた時,その生徒 はAを見かけたので 「大丈夫か。 先生に言えへんのんか。 代わりに言おうか。 」 と 声をかけたが, Aは「大丈夫,大丈夫。 平気やし. いいよ。 」と話した。 6日(自殺5日前) 中間試験の時に 少年Cは, Aに対し「キモいねん。 」 と言い, Aの定規を割った。 7日(自殺4日前) 休み時間, 少年CがAの鞄を開けてパンを探していた。 少年Cはパンを 一つ取り,食べていた。 なお,文化祭前に 1 度, 10 月になって本件以外にも同様 のことがあった。 文化祭前の時は一口食べて元に戻していたが,後の二回は全部食 べた。 どのときかはっきりしないものの, Aは「やめて」と抵抗し,それを Bが近くで見ていたことがあった。 また,ハンを食べられた際に, Aが 「 もういいねん。 あれは。 」 と友人に語った時もあった。 同日の昼食時. Aは,2学期によく昼食を一緒に取っていた友人たちに対し、「少年Bとかに殴られてから話しにくくなった。 一緒に食べてい い? 」 と聞いた。 友人の一人はこれを断ったものの,他の者はこれを受け入れ,一 緒に食事をした。 同日中間テストが終わった後, Aが怪我の処置のためではなく. 一人保健室に来室した。 ー椅子に座った Aが. 「ああ,試験終わった。 」と手を伸ばした。 養護教 諭が. Aの顔を触りながら. 「 A. 殴られでもへらへら笑ってたらあかんで,自分の 気持ちをいわなあかんで。 」と言ったところ,顔を触られたのがいやなのか, Aは腰 を引いた。 さらに,同教諭が「いつからこんなんになった。 」と聞くと. 「二学期か ら殴るのきっくなった。 」と答えた。 「あんたのストレス解消はなんや?。 」 と問うと, 「ゲーム。 」と答えた。 さらに 1テストが終わったところやから,「スーパーマーケ ットに行ったら生徒指導の先生に会うで。 」 と言うと「大丈夫。 」と答えた。 同日 4校時後, トイレの中に. B, Cを含む当該クラスの男子 10人くらい がおり, CがAに「なんで泣いてんねん! Jと叫び,当該クラスの男子が笑ってい た。 同日の試験後に地域清掃に行く前の昼休み, BとCとDが,当該クラスの教 室内で fA死ね。 OO Aの父親の名前 死ね。 」と言い,教室から出る際に. B がAの尻を蹴った。 地域清掃の際,同じ校区の友人と行動を共にしていた際,久しぶりに一緒が会ったので,そのことについて聞いたところ. Aは「あれは訓練や。 Jと言い,ま た rB 君とはきまずい。 」とも言っていた。 このとき,別れ際にAから i今日,遊ぼう。 J と友人に声をかけたところ,この 友人は都合が悪かったから,連休中に遊ぼうと誘ったが. Aは予定が入っていたよ うなので,友人がさらに「来週の水曜日に遊ぼう。 Jと誘った。 しかし. Aは「考え ておくりと返事をしただけだ、った。 友人は,今まで誘ってAが断ったことがなかっ たのでその日何かあるの。 Jと聞いたが. Aは「別に何もない。 Jと言ったので, いつもと違うので,おかしいと思った。 なお, Aは,クラスの中で無視されたりして一人孤立していた友人が同じ地域清 掃に参加していたことから,地域清掃の聞に前記友人と一緒に話しかけにいった。 8日(自殺3日前) 少年Cと少年DがAの家に来た。 少年 Dは, Aからマンガ 18冊と時計を貰った。 また 少年C は, AをAの部屋から出した上で. 10 秒数えさせて,その聞にAの部屋に置かれ ていた物を落とすなどして部屋の中を荒らした。 またその日. AはCのきょうだい に渡して欲しと言って Cにカードを渡した。 C, Dが帰った後, Aの部屋に入ったAは,財布が無いことに気付いた。 そ のためAは, Cの携帯電話に電話して「財布持ってる? 」と聴いた。 その後もAは 「ほんまに持つてないの? 」と怒るような感じで 少年Cに電話をしていた。 自宅 から少年 Cの携帯電話に午後 5時 30分頃から午後 6時 1S分頃までの問, 4回電話を 架けた。 その後, Aは. 近くの公園にいる少年 Cに会うために 1時間程度外出した。 A宅を後にした C,Dは. 一旦スーハーマーケットに行った後,他の友人と 祭りに出かけた。 その時Aから上記の内容の電話があったので, Aと公園で会うこ とにした。 Aは,指定された公園に行ったところ,他の仲間は帰り, A, C, Dが 残った。 Aは, Cに対し. 財布を持っていないかと確認し. cの鞄の中を見て確認した。. Aが,余りにも疑う態度をしたことから, Cが切れて, AとCは. 険悪な雰囲気に なった。 いつも温厚なAもCに対し iゃんのけ。 ゃったろやんけ。 」など言い返し たが, Dが中に入り,ケンカにはならなかった。 Aは,少年 C, 少年Dに会って帰ってきた際,家族に「ケンカしてきた。 」と述べた。 その後Aは,再度室内で財布を探したものの,見つからなかった。 なお,財布は, Aの死後,いつも置いてある場所とは異なり, Aの机と壁の隙間にあったのを父親 が発見した。 9日(自殺2日前) Aは,部活動の試合があり. 参加した。 Aの様子を見て,朝の時点で下を向 いて歩いており. 元気がないと感じている部員がいた。 試合後, Aは. コンビニで友人と出会ったところ. その友人とコンビニの庖 舗内で鬼ご、っこをして遊び. 庖員から叱られた。 その時,その友人は, Aが,めち ゃくちゃ元気そうに見えたという。 三三 Aの-が家に来て,夕食にシチューを作ろうという話となった。 Aの少年E がAをスーパーマーケットに行こうと誘った際, Aは 少年B とかがいるから行き たくないけと避けるような話をした。 Aの-は i仲が良かったんじゃないの。 」 と聞くと, Aは「お前の父さん殺すと」と言われたからと説明をした。 Aのは, r相手がいたら私が言ってやるから。 Jなどと言って, Aと一緒にスーハーマー ケットへ行った。 Aが夕食の準備をしている際珍しくAが手伝うと言ってきた。 手 伝っている最中, Aは, Aのいじめに対して,「どうしたらばれずに学校を休めるか。 」 と話しかけてきた。 友達が「何で。 」と聴くと, Aは「いいわ。 」と返答した。 10日(自殺1日前) Aは,母親と他県へ母親の運転する車で行った。 そこでは墓参りを するなど,特段変わった様子はなかった。 帰りがけには,父親の好きなビール酵母 が入ったパウンドケーキを父親の土産として選んで購入した。 また,車中では, A が母親の母校でもある高校に行きたいと話したり,誕生日のプレゼントは何が いいか と話し合ったり,コンビニで購入したおにぎりや チキンをみんなで食べたりして,特段,変わった表情は見せていなかった。 また, Aは,焼き肉の食べ放題に行きたいと言ったが,母親は,温泉に入って疲れていた ことや焼き肉を食べれば飲んでしまいその後の作業がしんどくとなってしまうこと からどうしょうかという話になっていた際,父親からおでんを作って待っていると いうメールが入ったこともあり,焼き肉屋に行くことは止めて,そのまま帰宅する ことにした。 渋滞に巻き込まれていたこともあり,疲れていた母親が,家に近付い た時に 「やっと着くわ一。 」と言った際, Aは 「もう着くんか。 嫌ゃなー。 」と言っていた。 Aは,午後 7時 20分頃帰宅したところ,帰宅後, Aらは,父親が好きなビ ール酵母が入ったパウンドケーキをお土産として父親に渡し,父親はそれを食べた。 その後,父親が作っていたおでんを食べ,韓流スターが出ているテレビを見ながら 会話を続けた。 11日(自殺当日) 午前 6時頃,父親は仕事のため家を出た。 その後, Aは,自 宅の固定電話から,午前 6時 31分子前6時46分の二回, Aの携帯電 話へ電話を架けた。 しかし いずれも話をすることはできなかった。 午前 7時ころ,父親が自宅に電話をして,子どもたちが起きたかどうかの確 認をした。 その後,午前 7時 50分過ぎには,テレビの後ろにパンの袋が放置され ていたことを前日 Aの-から指摘されていたので,それを片付けるように電話 連絡を入れた。 両方の電話ともAが対応した。 Aは,同日午前 8時過ぎ頃に,自宅マンションの 14階から飛び降りた。 A が確認し 父親明断した。 午前8時 29分,現場に救急車が到着し, Aは, Aの友達が同乗して病院に搬送され,午前9時3分,搬送先の病院 で死亡が確認された。 Aの父親は,午前 8時 30分頃,学校に連絡を入れ,担任が 搬送先の病院に向かい,学年主任が事故現場に向かった。 通夜の準備のため、自宅に戻った父親は, Aの机の上に手帳及び小学校 時代の写真数枚があったのを発見した。 その他 時期は特定できないが,当該クラスの生徒が, Aの状況を見るに見かねて, Aに対し「あんた,いじめられているんやで。 先生に相談しい。 」と言うとともに, 担任に対して rAがいじめられているので,聴いてあげて。 j と話していた。 その 後,その生徒がAに対して,担任に相談したか否かを聞いたととろ, Aは 「先生は 忙しそうやったから・・。 」とあいまいなととを言っていた。 調理実習のまとめと反省の用紙や文化祭プログラムには, 少年Cの銘のある印鑑 が押捺されている。 誰が書いたのかは不明であるが, Aの二学期の中間テストの勉強計画表の表 紙には「キモイ 、 Aの名前 キモイシネ」,「デス 」との書 き込みの他,格子状に線を引き,そこに「アカサタナ」, 「ハヒフヘホ 」,「なにぬね の」を縦書きに書き,見た目には上記 50音が列挙されているように見えるが、格 子状の横線 「一」と「夕 」と「 ヒ」と「 ね」を組み合わせて「死ね」と読める記載があった。 3節個別事項についての検討 自殺の練習と葬式ごっこ 生徒の第二回目のアンケートに,自殺の練習をした,葬式ご、っこがあった旨の記 載があったので,そのような事実の有無について,個別に検討を加える。 自殺の練習について 前述したとおり, 10 月に入り 2度,教室及び廊下の窓でBが身を乗り出すよう な形を見せて, Aに対して同じようにやれと命じている。 しかし, Aはこれを頑な に拒否したため, Bが命じたような体勢をとることはなかった。 以上のとおり,自殺の練習を実際にさせられていたということは言えないものの, 自殺の練習をしろと言われたととは認めることができる。 なお,第二回のアンケートには r自殺の練習といって首をしめる。 」ということ が記載されていたものの,記載した生徒はこの事実を見ているということではなく, このような方法で自殺の練習をさせたということを認めることはできない。 葬式ごっこについて そのような事実があったとは認められなかった。 アンケートを記載した生徒は,直接そのような行為を見たことはなく,同級生か ら聴いたことであり,その同級生はきょうだいから聴いたということであった。 情 報源といわれたアンケートを記載した生徒の同級生のきょうだいも,アンケートの 後そのようなことがあったと知ったということであり,現場を見たということでは なかった。 以上から,葬式ごっこがなされていたと認めることはできない。 万引きと金員の強要 また,生徒のアンケートには,複数名から, Aが万引きをさせられていたと聴い たということ,金員の交付を強要されていたと聴いたことが記載されていたので, 万引きの強要及び金員交付の強要の有無についても,個別に検討する。 万引きの強要について ア Aが万引きをしていたことについては, Aが友人や父親にその旨を告白して いたこと,一緒に万引きをしたことがあるという生徒からの聴き取りから認められる。 Aが万引きを強要されたところを見ていたという直接的な資料 は存在しなかった。 少年A. 少年B. 少年Cと行動を共にし,自らも万引きをしたと認 めている仲間は,自分が一緒に居るときに. Aが万引きを強要されていたことは ない旨を述べている。 しかし,一方で. Aの友人は. 9月29日か 30日の塾からの帰り. Aから, 「 万引きをさせられている。 止めようと 思って断ったら 少年Cとかに殴られる。 」と言 われた,と教員からの聴き取りの際に述べている。 この点について,同人からは 直接聴き取りはできなかったものの. 同人から聴き取りをした教員によれば,そ の友人は,正義感の強いしっかりした人物であり,聴き取りを実施したのは,そ の生徒から Aのことで話をしたいというと申し出たからであったという。 そして. 上記の内容は,何か話したいことがあるならば話して欲しいと投げかけた際に, 一番始めに出てきた回答であるという この点,生徒の話を聴き取った教員のノ ートにも,一番最初に 塾の帰り29日と30 相談『万 引きをしてると皆言ってるから,止めようと思って断ったら殴られる。 とかに記載がある。 生徒自ら,教員 に対して,自らの知っていることを話したいと申し出たこと. Aとのやりとりに ついても. Aから「自分は万引きをさせられている。 「止めようと思っても,そ れを言ったら殴られる。 」と言われた 「誰に殴られるんや? 」と聞くと少年 Cの名前を言ったので 「そんなん,でも止めなあかんのちゃう? 」 と言 い. さらに「殴られたりとか,そういうことするんやったら,俺らのO組に来い。 」 というような話をした,というように具体的である。 この友人の話からすれば, この友人が作り話として教員に話したとは思えない。 Aも,何ら強要され ていないにも関わらず強要されていたということは考えがたい。 これらのととか らすれば,その友人が聴いたように,少なくとも Cから万引きの強要がなされて いたのではないかと推測はできるところである。 しかし. Aから話を聴いた友人 からの聴き取りはできておらず,万引きについて,いつころ,どのようなことを 強要され,それを断った際にどのような暴力を受けていたのかということまでは わからないことからすれば,前記のとおり,万引きの強要があったのではないか との推測は働くものの,事実としてそのようなことがあったとまでは結論づける ことには購贈を覚えざるを得ない。 よって,万引きの強要があったと認めることはできない。 金員交付の強要について ア Aのお金にまつわることとしては,次のような出来事があった。 終わり頃からということも考え合わせると. A が,金員の持ち出しを強要されていたことがあったからではないかという 疑問が生じないわけではない。 しかし,これらはあくまで推測の域に止まるものであり,上記各事実からそこ まで推認することは論理的に飛躍があると言わざるを得ない。 よって, Aに対して金員の持ち出しの強要があったと認めることはできない。 自死前日 10日 夜の Aから 少年Cに電話があったか否かについて 11日の 3時間目と 4時間同の休み時間, Aが亡くなったという噂が 流れていた際, 少年C が Aから昨日の夜に『僕,死にます。 』と電話してきた。 「あほ かあいつ。 」と,教室で話していた。 ところで,前日の 10日 Aは,朝から,母親と共に母親の 運転する車で他県に旅行に行った。 墓参りをした後,温泉や観光地を巡った後に帰 路につき,午後 7時 30分には自宅に戻った。 自宅に戻ったAは,父親と-と 一緒に夕食を取り,その後は一緒にテレビ鑑賞し,就寝している。 その問,自宅の 固定電話からの発信はなく,このことはA宅の電話履歴から明らかである。 Aが, テレビを鑑賞した後,外出したか否かは不明であり,外から電話を架けたか否かは 明らかでない。 また, Aは,携帯電話を持っておらず. 携帯電話から電話を架けた ということもありえない。 さらに,旅行からの帰り道で. Aが電話を架けたという ことを認める資料はない。 以上のととからすれば, 10日の夜に, Aが, 少年cに電話を架けて,死 ぬけと伝えた可能性はゼロではないものの,あくまでもその可能性があったに過ぎ ず,そのような事実があったとまではいえない。 なお,電話がなかったにも関わらず,何故. 少年c が 10月 11日に A から昨 日の夜に『僕,死にます。 』と電話してきた。 「あほかあいつ。 」と,教室で話した理 由については,明らかにできなかった。 朝の Cの行為について 学校提出資料には, Aが自死した 10月 11日の 1校時が始まる前の 5分休みに, Aのクラスに, 少年C と少年D が「 Aいる? 」 と言って来 たこと,そして,「 死んだ。 」と叫んで笑ったことがあったということが見て取れた。 しかし,本委員会での聴き取りによっては,その事実を確認することはできなかっ た。 かえって,学校提出資料及び本委員会での聴き取りの結果からすると,そのよう な事実があったとすれば,翌 12日のととではなかったかと思われた。 Aに家庭問題があったのか 学校及び市教育委員会が指摘した家庭問題 Aの自死の原因を考察するに当たり,学校及び市教育委員会は, Aの家庭の問題 が絡んでいる旨述べている。 教育長は,平成 24年 7月 12日の会見で「亡くなっ た子どもが家庭内でどんな環境に置かれていたのか,家庭内で何が起きていたのか, 個人情報で詳しく言えないが,いじめと自殺が直接結びつくとは判断できないと考 える。 J,r自殺の原因には学校のほか,家庭などさまざまな要因が考えられ,いじめ だけが原因かどうか判断できない。 などとコメントした。 学校と教育委員会の対応 [ ] 担任の対応 [ ] クラス担当の担任は、自殺した生徒より相談や暴力行為の報告を受けていたが、適切な対応をとらなかった。 自殺後の保護者説明会にも姿を見せず 、在校生徒に取材を避ける旨の放送とプリントの配布が行われ、事件直後より2013年3月まで休職してしまい 、教育委員会や第三者調査委員会(後述)の調査にも支障をきたした。 また遺族には謝罪を行わなかった。 1回目のアンケート [ ] 被害生徒の自殺の原因究明のため、10月中旬に全校生徒860人を対象にが行われた。 その結果は以下のようなものであった。 「暴力」に関する記述は138件あり、「トイレで殴られた」「廊下でおなかを蹴られた」「鉢巻きで首を絞められた」「体育大会でのようなものにあっていた」等があった。 「金銭要求」は13件、「をさせられた」が11件あった。 「暴言・嫌がらせ」は173件で、「おまえの家族全員死ね」と言われたり、のを食べさせられそうになったりし、顔に落書きされたなどの回答もあった。 また、16名の生徒より「(男子生徒が)自殺の練習をさせられていた」との回答を得ていた。 体育館での暴行についても10名の生徒が直接目撃したと記載した。 加害者とされる生徒は「死んでくれて嬉しい」・「死んだって聞いて笑った」と記載した。 しかし、市教育委員会は真偽が確認できないとしてアンケートの結果を公表せず、男子生徒がいじめを受けていたことを認めたが、いじめと自殺との因果関係は不明とした。 アンケートの結果を学校側が集計したものはに渡されたが、その際に「部外秘」とする確約書へ署名させられた。 また、同中学校の加害生徒3人が被害生徒に粘着テープを貼ったとされる暴行をめぐり、在校生2人が産経新聞の取材に対し「ミイラのように体中ぐるぐる巻きにされているのを見た」「脚に貼られ一気に剥がされたのを目撃した」などと証言した。 この生徒のうち一人は「先生に言おうと思ったけど、伝えたらさらに激しくなると思い、伝えなかった」と話した。 別の2年生の男子生徒も「男子が(粘着テープを)脚に貼られ一気に剥がされているのを目撃した。 脛毛を抜かれているような感じだった」と話した。 一方、学校が自殺直後に実施した全校アンケートでは、14人(うち記名11人)の生徒が体育大会で暴行を目撃したと回答。 このなかでも、粘着テープを口に貼られていたとの内容のほか「足の脛にもガムテープを貼られた後、勢いよく剥がされ、痛がっていた」(記名)、「ぐるぐるにされている人をみた」(無記名)との証言があった。 2回目のアンケート [ ] 1回目のアンケート調査結果を踏まえ、さらに事実を知りたいという遺族の希望があり、2011年11月に学校は2回目のアンケート調査を実施した。 2回目のアンケート調査では、「葬式ごっこをした」、「『自殺の練習』と言って首を絞めた」などのいじめを示唆する回答があったが、学校側は1回目のアンケート調査と同様に事実関係の調査を実施せず、調査結果の公表もしなかった。 また、教育委員会には「新たな情報は確認できなかった」と報告し、本件の調査を終了した。 学校と教育委員会への批判 [ ] のちに、「いじめた側にも人権がある」として、『教育的配慮』より加害者の生徒に聞き取り調査は実施しなかったことが明らかとなった。 また調査自体も3週間で打ち切っていた。 特に「いじめた側にも人権がある」とする大津市教育委員会の姿勢に対しては非難が殺到した。 2回目のアンケート調査には、「男子生徒が先生に泣きながら電話でいじめを訴えたが、あまり対応してくれなかったらしい」との指摘や、「先生もいじめのことを知っていた」、「いじめをみて一緒に笑っていた」などの記述も15件あったが 、それらを拾い上げていなかった。 その理由として学校側は、「記載を見落としていた」とした。 1月29日、生徒が自殺前に「死にたい」と同級生に相談していたことを、学校側が自殺直後の調査で把握していたことが同市教育委員会への取材で分かった。 校長は調査を受け、自殺の6日後の2011年10月17日にあった職員会議で、いじめとの因果関係がある可能性を認めていた。 学校は同日、全校生徒を対象にしたアンケートを開始。 市教委は同年11月、いじめがあったと認定したが、自殺との因果関係は認めていなかった。 しかし、この時点で、学校側が行った調査の存在は遺族には伝えられていなかった。 市教委によると、学校側は自殺翌日から在校生20人近くに聞き取り調査を実施し、その中に自殺前の11年9月、塾で男子生徒から相談を受けた同級生の証言があった。 男子生徒は「死にたい」と言っていたが、理由については言及しなかったという。 また他の生徒への調査で、いじめがあったことが判明した。 学校側供述の変化 [ ] しかし学校側は、それまで「男子生徒が自殺するまでいじめを認識していた教諭はいなかった」としていたが、校長が9月18日に緊急記者会見を開き、「少なくとも教諭3人がいじめを認識していた可能性が高い」と従来の説明を一転させた。 また、複数の教諭が男子生徒への「いじめ」を自殺前から認識していたとする内容を生徒指導担当教諭が文書に記録し、校長に提出していたことも判明した。 この文書は、男子生徒が自殺した日に作成された「生徒指導連絡書」で、同校の生徒指導担当教諭が問題の経過を教諭らに聞き取って纏め、校長に提出した。 それによると、自殺6日前の同月5日、男子生徒が同級生から校内のトイレで暴力行為を受けたことについて「被害生徒を呼びつけ、殴る」「加害生徒の身勝手な行動を『いじめ行為』ととらえ、被害生徒と加害生徒を呼んで指導」などと経緯を記し、自殺前から2年生を担当する複数の教諭が「いじめ」を認識して対応にあたっていたことが示されていた。 市教委によるとこの連絡書は県警が加害者の暴行容疑の関係先として学校を捜索した際に押収したうちの一つで、事実確認のため関係資料を探していた市がコピーを受け取り、18日に遺族による損害賠償請求訴訟の第3回口頭弁論で証拠として提出した。 第三者調査委員会 [ ] 大津市のは、市長の下に第三者調査委員会を設立し、独自調査を依頼した。 5人の委員は元や弁護士、らで構成され、今後のためのモデルにしたいと述べた。 副委員長にはの遺族側を務めた弁護士の渡部吉泰が選ばれた。 委員の選出については大津市側のみならず、遺族側からの推薦で選任が行われた。 市や教育委員会からは段ボール箱10箱分の資料が提出された。 越市長は「学校や市教委の調査は不十分で、杜撰だった。 再調査で事実を徹底的に明らかにしてほしい」と述べ、真相解明への期待感を示した。 2012年8月25日から8月26日にかけ初会合が開催された。 12月22日、大津市役所での第11回会合で最終報告書を2013年1月20日を目処に纏める方針を決めた。 当初は年内を目指していたが、関係者への聞き取り調査が難航し遅延した。 会合後、記者会見した横山巌委員長は「20日に完成させて、1月末には市長に提出したい」との意向を示した。 また、県警が加害者らを書類送検するなどの方針を固めたとの動向については、「警察の動きに関係なく、淡々とやるべきことをやる」と話した。 2013年1月31日、調査委員会は自殺の直接の原因は同級生らによるいじめであると結論付けた。 また大津市教育委員会やいじめ側の家族らが主張した「家庭環境も自殺の原因となった」という点ついては、「自死の要因と認められなかった」と否定した。 刑事事件として [ ] 被害届の不受理 [ ] 遺族はに対して、3度にわたり被害届を提出した が「被害者本人が自殺しており存在していない」として受理されなかったが 、このことが大きく報道されると態度を変えて受理するに至った。 父親は7月18日、男子生徒に対する行為45件についてや、、、、の6つの罪で加害側の同級生3人をした。 父親は告訴後、を通じて「事実が解明され、加害少年が罰を受け、しっかり更生することを望みます」とのコメントを公表した。 一方で上からは、「どうせ渋々受理したんだろう」と警察への不信感を覗かせる声が噴出した。 はこのうち、2011年夏頃から自殺した同年10月までの間に、3人が男子生徒に行った行為をでの押収資料や生徒らへの聞き取りで捜査した。 これに対して加害者側は「いじめではなく遊びだった」と一貫して容疑を否定している。 強制捜査 [ ] 滋賀県警は7月11日夜、への容疑の関連先として市教育委員会と学校に対してを実施した。 いじめが背景にある事件の場合、学校や教育委員会から証拠の任意提出を受けるのが一般的で強制捜索に至るのは異例とされた。 学校では7月12日に緊急保護者会が開催され、学校側より強制捜査を受けるまで至った一連の経緯が保護者に説明された。 保護者からは「納得いく説明がない」などと厳しい批判が噴出し、保護者会は3時間を越えて続けられた。 保護者らが求めた担任からの説明もなく、学校側の保身と、それに対する保護者らの不信感が増したとされた。 校長は、担任教師が会場に姿を見せなかったことに関しては、「私の判断で出席させていない」とした。 滋賀県警が強制捜査に入ったことを受け、それまで学校名を他紙同様匿名としてきた()は翌12日の朝刊からに切り替えた (新聞各社で学校名の実名報道に踏み切ったのは中日のみ)。 書類送検・少年審判 [ ] 2012年12月27日に滋賀県警は、加害者3人のうち2人を書類送検した。 残る1人は当時は刑事罰の対象とならない13歳であったことから、暴行などのでに送致された。 県警は本件に関連する27件の犯罪行為を検討し、暴行、器物損壊、窃盗の3容疑、計13件について立件。 一方で、一人一人の容疑や非行事実は、少年事件を理由に明らかにしなかった。 認否に関しても詳細は述べず、犯罪行為自体を否認したり、行為を認めたものの犯意を否定したりしているなどとだけ説明した。 県警の大山洋史生活安全部参事官はいじめはあったとしながら、自殺との因果関係は、「推測や臆測で説明すると誤解を招く」と述べ、結論は出なかったとした。 当初、被害届を3回にわたり不受理としたことを「もう少し被害者の痛みに心を動かすべきだった」とし、遺族に謝罪した。 なお、男子生徒が窓から落ちる練習をさせられていたとされる「自殺の練習」については、他の生徒らからの聞き取りの結果、詳しい内容などは確認できず、度胸試しの一環であったと判断し、強要容疑での立件は見送る方針だという。 一方で、学校などへの捜索容疑になった体育祭で男子生徒の手足を鉢巻きで縛るなどしたとする暴行容疑については、「体育祭での行為は、遊びで同様の行為をしていた生徒が多く、犯罪との区別が難しい」として、立件の可否を慎重に検討している。 また、3人のうちの1人による女性教師暴行事件の件及び別の1人が他の同級生に対して起こした暴行事件 いずれも後述 でも書類送検などの処分が取られた。 その後、(平成26年)3月14日、大津家庭裁判所は加害者3人の内、2人を保護観察処分、1人を不処分とした。 民事損害賠償 [ ] いじめに関しての賠償請求 [ ] 2012年2月24日、とされる同級生3人とそのおよび大津市を相手に、遺族は約7720万円のをに提訴した(大津地方裁判所平成24年 ワ 第121号 損害賠償請求事件)。 これに対して大津市は当初争う姿勢を示したが、事実関係が明らかになると態度を変えて、和解に向けて交渉する意向をが示した。 一方大津市教育委員会の教育長は、和解の意向は市長の独自判断であり、教育委員会としては従来通り「いじめと自殺との関連性は判断できない」とし、市の判断は受け入れ難いとした。 その一方で外部の調査機関の判断があれば結果は真摯に受け止めるとも述べた。 加害者側とされた保護者は、事実誤認があるとして同校の校門でビラ配りを行うとともに、自殺は被害者宅の家庭環境が原因であるとした。 2013年1月30日、遺族側は、学校がいじめを認識しながら、市教育委員会や学校の指導マニュアルに沿って対応しなかったとして、市の過失を訴える書面を大津地裁に提出した。 3月17日、大津地裁は大津市が設置した第三者委員会の報告書に基づき、いじめの存在を認定した。 また生徒が自殺企図の意向を事前に漏らしていたことも指摘し、「学校や教委は適切に措置していれば自殺を防げた」と判断した。 これを元に、大津市側の安全配慮義務違反を認め、支払い済みの見舞金2800万に加えて和解金1300万円を支払い、学校や市教委が謝罪するとの内容の和解勧告が提示され 、大津市と遺族側との合意が成立した。 加害者とされる生徒との裁判は分離され、審議継続される。 2月19日、大津地裁は同級生3人のうち2人に対して、約3758万円の支払いを命じる判決を言い渡した。 他の1名に関しては、一体的となっていじめに加担したとは言えないという理由から、損害賠償及び管理責任を認めない判決となった。 2月27日、大阪高裁の二審では元同級生2人に計約3750万円の支払いを命じた一審の判決を変更し、賠償額は2人に計約400万円にまで大幅に減額、支払うよう命じた。 賠償額については、両親が別居していたことや男子生徒が無断外泊した際に父親が顔をたたくなどしていたことなどを踏まえ、両親側にも家庭環境が整えられずに男子生徒を精神的に支えられなかった過失があるとして、損害額から4割を減額。 大津市からの和解金の額などを差し引いた計約400万円が相当とした。 アンケートに関する精神的苦痛の賠償請求 [ ] 2012年9月、アンケートの結果を受け取る際に「部外秘」とする不当な確約を迫られたことに対する精神的苦痛を理由に、遺族は大津市に100万円のを行った。 これに対して大津市は11月2日、市の責任を認める答弁書を大津地裁に提出し、「遺族の心情を損なった」と謝罪した。 弁論後に記者会見した父親は「これを機に大津市が、日本で一番、安全で安心な学校教育が行われる市になれば息子の本望だ」と述べた。 賠償額については、議会の同意が必要となることから、市長のみの判断で認諾できないため、裁判所の指示に従うとしている。 1月14日、大津地方裁判所は大津市が原告に対して30万円を支払うように命じた。 余罪 [ ] 捜査の過程で、加害者の1人が2012年5月下旬に女性教師への暴力事件を起こしていたことも、同年7月に学校などを家宅捜索して押収した資料や学校関係者への聞き取りにより発覚した。 捜査関係者などによれば、事件は体育館でのの事前指導中にあった。 少年が理由もなく帰宅しようとしたため女性教諭が制止したところ、少年が複数回殴る蹴るの暴行を加えた。 この事件の直前にはいじめに関する民事訴訟の第1回口頭弁論が開かれており、捜査関係者は、学校側が訴訟への影響に配慮し県警に相談をしなかった可能性もあるとみている。 教育委員会は当初、報道機関の取材に「暴れる生徒を教師が止めようとして小指を負傷した」と説明していたが、実際は小指骨折のほか、顔や胸、脇腹など計5カ所にやを負い、病院で全治1カ月のの診断を受けたという。 学校側は当初県警に事件の相談はしなかったが、市教委により県警へ被害届を出すよう指導された9月以降、大津署に被害届を提出した。 加害者の1人で、事件後に京都府内の市立中学校に転校した生徒が、2012年6月12日に同級生に対して殴ったり所持品を燃やすなどの行為を行っていた。 被害者からの被害届をうけ京都府警はこの生徒を容疑でした。 関係者の処分 [ ] 事件に関連して学校で5人、教育委員会で2人の処分が行われた。 事件発生時の校長は、2013年2月26日に男子生徒へのいじめに適切に対応するための体制づくりを怠ったこと、教員らへの指導・監督を怠ったこと、保護者や社会に説明責任を果たさなかったこと、以上の責任に対して減給10分の1(1カ月)の懲戒処分を受け、同日にした。 事件当時の教頭2名が文書訓告、被害者の在籍していた学年主任が厳重注意処分となった。 教育長および教育部長は減給相当の処分と判断されたが、すでに退職していたので処分は実施されなかった。 退職金は規約通り満額支給されたが 、これに対して遺族は強い不満を表明した。 また教育長が『自殺の原因は家庭環境が問題であり、いじめが原因ではない』と当初表明したことについても未だに謝罪も説明もないとして、退職金の公庫返納を求めた。 第三者調査委員会は、担任が意図的にいじめの認知を回避しようとしていた感があるとして、報告書で担任の対応のまずさを指摘した。 これに対しては遺族側の家族が「学校、教育現場に、よりよい教育現場を作ろうとする意欲が感じられないことを改めて思い知らされ、愕然とする思いだ」と県の教育委員会を批判した。 教諭は2013年3月より職場復帰しているが、事件から1年半経過した時点でも、遺族には説明や謝罪を行っておらず、遺族は「男性教諭からまだ謝罪を受けていない。 本人の口から、この問題をどう思っているか聞きたい」と述べた。 反響 [ ] 文部科学省 [ ] 2012年7月10日には記者会見で、大津市教育委員会による再調査の進展次第ではが直接大津市教育委員会への調査に乗り出す方針を示した。 また文部科学省でも既に2度のアンケート調査の複写を入手し内容を独自に検討していることを明らかにした。 学校でのいじめに関しては、国としても今度の再発防止の対策の検討を始めることを明らかにした。 大津市長 [ ] 大津市の越直美市長は、2012年7月6日の定例会見で、学校と教育委員会の調査が不十分であったことを認め、再調査を明言した。 その後、遺族推薦の委員含む第三者調査委員会を市長直轄として立ち上げ、徹底した原因調査に取り組んだ。 これにより市長に不信感を抱いていた遺族も、越市長の対応に感謝と信頼を示した。 第三者調査委員会の報告書を受け、市長部局としていじめ対策推進室を新設、常設第三者機関として、大津の子どもをいじめから守る委員会を設置 等、積極的な教育改革に取り組んでいる。 県教育委員会による担当の教師についての処罰が、僅か数万円の減給1カ月間のみに終わったことについて強い不快感を表明し、教育委員会に対しても改めて不信感を表明した。 また、教員の処分を始めとする人事上の任免権を県の教育委員会が持っており、行政が関与できない制度は問題があるという見解を表明した。 教職員の処分が甘すぎるという大津市長の指摘に対して、河原恵滋賀県教育長やは、相応の処分だと反論した。 越市長は事件後に市長に就任した視点から事件を振り返り、第三者調査委員会を立ち上げる経緯、そして大津市の新たな取組み、教育委員会制度の問題点等を著書『教室のいじめとたたかう 大津いじめ事件・女性市長の改革』にまとめ、巻末に遺族が寄稿し、越市長はいじめ問題の日本全国の先頭を切って問題解決に取り組んでいると評価し、教育行政の改革の同志であるとしている。 橋下徹 [ ] の市長は2012年7月12日、大津市教育委員会の一連の対応を、保護者視点と世間の感覚から酷く乖離していると批判し、「日本の教育行政の膿中の膿。 教育委員会制度が機能していない象徴例だ」と指摘するとともに、大津市長による事態の収拾と改善を要望した。 マスコミ [ ] は、「いじめ自殺 隠すことが教育なのか」と題する社説を掲載した。 調査を3週間しかせず、その結果も自主的公表もせず、加害者への聞き取り調査もせず、「自殺といじめの因果関係は判断できない」と結論づけたのはあまりに拙速で無責任すぎると批判した。 また学校や教育委員会が組織を守ることを優先し、子供の立場に立てなかった不明を深く反省すべきだと指摘した。 のは「大津の第三者委 いじめ解明のモデルに」と題する社説を掲載し 、教育委員会が調査に加わった場合、「身内」である学校側への追及は甘くなりがちであり「」で事実に看過することが繰り返される恐れがあるので、外部の識者だけで構成された調査委員会が必要であると訴えた。 評論家 [ ] 教育評論家のは、「生徒からこれだけいじめの報告が出てくるケースは珍しいですが先生方の感覚が麻痺している。 加害者側と一緒になって笑っていることなど感性が教師のレベルに達していない」とコメントした。 また、教育委員会は戦後日本の教育における「」になっており緊張感が足りないとして学校と教育委員会が相互に評価しあうシステムなどが必要だと提言した。 も、本事件では教員集団の「隠蔽体質」や「事なかれ主義」が感じられ、そのことはに自分が文部科学省の対策チームに加わって感じたものと同じものであるとし、それらの背後にあるのは教員集団での強固な「親分-子分関係」であると述べた。 また、それらを打破するためには、校長に民間人を大量投入して学校や教育委員会で身内だけの論理を通用させなくする必要があると主張した。 事件が行政に与えた影響 [ ] いじめ防止対策推進法 [ ] 2013年4月、与野党6党によって「」が国会に提出された。 自民党・公明党は、保護者には子供の規範意識指導が求められることを明記し、自治体や学校には、加害生徒に懲戒や出席停止措置を講じるよう求めたが、野党側は「国が家庭教育に介入すべきではない」「厳罰化では解決しない」と批判的で協議は難航。 一時は成立が危ぶまれた。 2013年6月21日、参議院本会議で賛成多数により可決成立した。 、は、教育現場の意見が十分に反映されていないとして反対した。 本事件では、教育現場での隠蔽体質が問題視されたので、重大ないじめの場合には自治体や文部科学省への報告義務が課せられた。 また、いじめへの対応がなされず自殺に至ったことより、各学校にいじめ対策の為の組織を常設するよう定められた。 インターネット上でのいじめについても対策が強化された。 いじめが犯罪行為を伴う場合は、ただちに警察への届出を行うことも明記された。 滋賀県への影響 [ ] この事件を受け、大津市議会の系会派が「いじめ防止条例案」を提案する方針を固め 、2013年2月19日に「いじめ防止条例案」が可決された。 大津市長直轄の「いじめ対策推進室」と、実態調査を行う常設の第三者機関「大津の子どもをいじめから守る委員会」を2013年4月に設置することが決まった。 推進室は、越市長の「教育委員会任せにせず、市が主導して対策を進める」という意向を反映し、弁護士や臨床心理士、滋賀県警派遣の警察官を含む8人が常駐する体制で、生徒や保護者からの相談を受ける。 滋賀県警は本事件を受け、2013年度より県警本部少年課に20人態勢の「少年健全育成室」を設置した。 県警本部少年課に学校専門の部署を置くことで迅速な対応が出来るようにするのが目的。 事件後に多発したいじめの被害届 [ ] 本事件に倣って、全国で学校でのいじめに対する被害届が各地の警察に殺到し、2012年前半期のいじめが原因で全国の警察に、された・は、前年同期より4割増加し 、2012年通年は例年の2-3倍となった。 各学校は『いきなり警察にを出すのではなく、まず学校に相談を』と対応に追われた。 一部では「進学したいなら警察には言うな」と隠蔽工作を行う学校もあった。 一方で文部科学省は、犯罪的ないじめの場合は一刻も早く警察に被害届を出すようにするとする通達を2012年11月に発して、教委や学校に警察への早期連絡と連携を求めた。 本事件に関連して発生した事件 [ ] インターネットによる人違いデマ中傷 [ ] 加害者の親や親族であるとして、大津市内の元と女性がインターネットで氏名が公開され、それらの元にも中傷が殺到した。 のちほど人違いであると判明し、滋賀県警は内の男性 との男性2人をの疑いで書類送検した。 目黒区の男性は2012年7月8日頃、自身のブログに何者かが書き込んだ、いじめ問題と関係のない大津市在住の60代女性が関係者であるかのような事実無根の内容を別のサイトに貼り付けて拡散させた疑いがもたれた。 大津警察署とは2012年9月下旬、この2人の自宅を家宅捜索し、パソコンなどを押収。 大津市では2012年7月、市内の女性団体会長の女性が同級生の母親だと事実とは異なる書き込みがされ実名も掲載された。 団体の事務所に不審な電話が相次ぐなどの被害もあった。 また、の元警察官も同級生の祖父だと誤った情報とともに実名や勤務先がインターネット上に掲載され、職場になどが多数寄せられる事態になっていた。 女性と元警察官は2012年7月、それぞれ大津、草津両署に被害届を出していた。 なお、目黒区の男性については大津地検は2012年12月25日までににした。 処分は12月21日付で、詳しい内容と理由は明らかにされていない。 滋賀県の病院職員の男性を加害者の祖父であるとする事実無根の内容をブログに掲載したとして、兵庫県の男性が名誉毀損罪で略式起訴され、大津簡易裁は罰金30万円の略式命令を出した。 本件については民事で慰謝料165万円を請求する提訴も大津地裁になされた。 タレントのが2012年7月10日に自身のブログで、加害者及びその関係者と当人が思い込んだ人物らの実名や顔写真を公開する中で、加害少年母親の実名(正確には加害少年の姓と写真女性の名前のミックス)と共に女性の写真を公開して、加害者の関係者らを強く批判したが、加害少年母親については人違いであった。 加害少年母親と誤認された人物は少年の父親とみられる男性が一緒に写った社員がネット上で流れていたとされる。 人違いが判明したため翌日この写真などは削除されたが、デヴィ夫人から謝罪の意思が見られないことより、この女性はデヴィ夫人を相手に1100万円の損害賠償などを求める訴訟を伊丹支部に起こした。 デヴィ夫人は「写真の女性が加害少年母親であると述べてない」「加害者少年親族の写真を掲載する趣旨で掲載し、女性が加害少年母親と言及する意図はないです」と主張していたが、2014年2月17日に神戸地方裁判所は「普通の読み方をすれば、女性が加害少年母親であると誤信させる可能性が高い」と判断され、デヴィ夫人の行為を「非常に軽率な行為」とし、165万円の支払いを命じた。 教育長襲撃事件 [ ] 事件に対する教育長の対応に腹を立てたの男子(当時19歳)が、8月15日午前7時50分ごろ別館2階の教育長室で、教育長をハンマー(長さ約30cm)で襲う事件が発生した。 男子学生は針金で教育長の首を絞めようとしたが駆けつけた職員らに取り押さえられた。 教育長は頭部骨折や顔面打撲で3週間休職した。 男子大学生は容疑でされ、8月31日から12月10日まで大津地検に鑑定留置された。 この事件に対して、「よくやった」「教育長は殴られて当然だ」「 教育長は 殺されればよかったのに」とする襲撃支持の意見が大津市教委に16,000件も殺到した。 この大学生について大津地検は2012年12月14日、殺人未遂との非行事実で大津家裁に送致した。 大津家裁は同日、男子学生を2週間の観護措置とすることや、事件をに移送することを決めた。 その後、大学生は自主退学し、に送致された。 なお、被害に遭った教育長は12月24日付で退任した。 教育長は退任を前に12月20日に開かれた教育委の定例会で「このようなときに退任をさせていただくことは心苦しく思っております」と挨拶した上で、対応について「遺族からそっとしておいてほしいと申し出がありましたが、直ちに調査に取り組むべきだった」と陳謝した。 また、「警察の捜査や第三者調査委員会の調査、民事裁判が継続され、全容が解明されると思っています」とも述べた。 また自身の今後については「第三者委の経過を見守り、裁判の結果をしっかり受け止めたい」と話した。 定例会では、いじめ対策の担当者を市内の各小中学校に置いた9月以降、いじめの認知件数がで41、中学校で33と大幅に増加したことなどが報告された。 中学校爆破予告事件 [ ] 2012年7月9日、被害者が通学していた中学校に「いじめに関わった生徒と教師はカメラの前で謝罪しろ、さもないと中学校と大津市教育委員会、警察を爆破する」とした封書が届けられた。 これによって中学校は7月10日に休校する事態となった。 同年7月31日、威力業務妨害の疑いでの2年の男子生徒が逮捕された。 は男子生徒をの非行事実でに送致し、家裁は2週間の観護措置とした。 その他の事件 [ ] 2012年7月12日、加害生徒を殺害するとの脅迫文を滋賀県知事に郵送したとして、大津警察署は脅迫の疑いで、の69歳の男性を逮捕した。 2013年3月11日、同校の卒業式の前日に、同校の施設の窓ガラス4枚が小石で破壊されているのが発見された。 また「校長は自殺しないのか」と書かれた紙とカミソリが入った封筒が同校に届いた。 大津警察署は器物損壊事件および脅迫事件として対応した。 特記事項 [ ]• 2013年3月12日、自殺した中学生が在籍した学年(290人)の卒業式が開催された。 自殺した生徒の父親も参加し、校長室で新たに赴任した新校長より卒業証書を受け取った。 被害者遺族は訴訟費用をまかなうために2012年7月16日に、訴訟の支援を訴えるホームページを作成した(下記外部リンク参照)。 開設翌日の7月17日だけで36万件のアクセスがあり、7月19日までに訴訟を支援する寄付金が252件・185万円となった。 寄付金はその後も増え、2012年11月には1000万を超えた。 教育委の教育長は、2回目のアンケート調査を実施した直後にのモスマン市の視察に出張し5日間滞在した。 視察後、この時期に視察に行く必要があるのかと批判を受け、教育長は不適切であったと認めた。 視察に行ったことにより非難を受けたことはオーストラリアの新聞にも掲載された。 2013年3月、 大阪社会部のいじめ取材班が、緊急レポートとして新書「大津中2いじめ自殺〜学校はなぜ目を背けたのか」(PHP研究所)を出版。 事件の全体像だけでなく、事後調査の在り方、被害者・遺族の置かれる状況、学校現場の課題などさまざまな角度から論じられている。 なお同取材班の根本裕子記者は、社会で大きく注目されるきっかけとなった「自殺の練習」スクープで疋田桂一郎賞 を受賞。 シリーズ連載「しまい込んだメッセージ」「真相に届かない」「先生はどこへ行った」など一連の報道も高い評価を受け、特別賞を受賞した。 2012年7月6日、の情報番組にて、被害者遺族が市や加害生徒を相手にを求めたの準備書面が、関係者の実名などを黒塗り加工した上で放送されたが、この資料の映像は関係者の名前の一部が判読できる状態で放送されていたことが翌日の7月7日になって判明。 問題発覚後の7月9日、同局は同番組内で謝罪した。 同局のアナウンサーは9日の番組内で名前などのに関わる部分は黒く塗り潰して放送したと説明し、「大型のテレビで静止画を見ると、実名の一部が透けて見えることが分かりました」と述べて謝罪した。 その後、この画面の画像は名前がよくわかるような状態に加工されてインターネット上に流出 し、ネット上では「被害者だろうが加害者だろうが、やっていいことと悪いことがある」などの批判の声や、「未成年でも悪質な事件の加害者は実名を出していいと思う」、「これからはイジメが起これば、『加害者』『被害者』『見逃した教師』の実名、住所、イジメの詳細を、その学校の生徒が『拡散』できてしまう時代だと、親も学校も生徒も自覚した方が良い」などの肯定的な声、フジテレビの対応を批判する声なども上がった。 脚注 [ ] [] 注釈 [ ]• 産経新聞. 2013年1月31日15時45分• サンスポ. 2012年7月8日 写有 全771字• 産経新聞. 2013年6月22日. 読売新聞. 2012年7月12日0時19分• 毎日新聞. 7月14日12時31分• 毎日新聞. 2012年7月14日23時30分• エキサイトニュース. 2020年5月20日閲覧。 毎日新聞. 2012年5月17日12時4分• 産経新聞. 7月13日7時55分• 産経新聞. 2012年7月23日15時59分 ()• 読売新聞. 2012年7月6日7時55分• 東京新聞. 2012年7月10日• J-CASTニュース. 2012年7月6日19時50分• J-CASTニュース. 2012年7月6日19時16分• 読売新聞. 2012年7月11日• 時事通信. 2013年1月29日13時3分. [ ]• 読売新聞. 2012年9月19日19時28分 ()• MSN産経ニュース. 2012年8月29日10時0分• MSN産経ニュース. 2012年8月19日8時44分• 時事通信. 2012年12月22日20時6分. [ ]• 京都新聞. 2012年12月22日23時0分. の2012年12月29日時点におけるアーカイブ。 MSN産経WEST. 2012年7月19日0時1時. の2012年7月22日時点におけるアーカイブ。 サーチナ. 2012年7月19日15時2分. 毎日新聞. 2012年7月16日9時40分 ()• 京都新聞. 7月12日• 産経新聞. 2014年1月30日. 2019年2月27日閲覧。 毎日新聞. 2012年12月22日20時54分. の2012年12月30日時点におけるアーカイブ。 時事通信. 2012年12月27日22時10分. [ ]• 47NEWS. 2014年3月18日. の2015年4月14日時点におけるアーカイブ。 吉原稔法律事務所. 読売新聞. 2012年7月11日• 京都新聞. 2013年1月30日23時33分. 産経新聞. 2015年3月17日. 20119-02-27閲覧。 朝日新聞. 2019年2月19日. 2019年2月19日閲覧。 shishimaru 2020年2月27日. buzzap. 2020年2月27日閲覧。 朝日新聞デジタル. 2020年2月27日閲覧。 共同通信. 2012年11月6日18時55分. 読売新聞. 2012年11月2日15時14分• MSN産経ニュース. 2012年8月10日8時28分. の2012年11月20日時点におけるアーカイブ。 京都新聞. 2012年8月23日11時4分 ()• MSN産経ニュース. 2012年8月21日11時48分. の2012年10月15日時点におけるアーカイブ。 読売新聞. 2013年5月18日. [ ]• 産経新聞. 2013年2月26日. 読売新聞. 2012年7月10日• 文藝春秋 平成25年4月号• 毎日新聞. 2013年2月20日. の2013年2月22日時点におけるアーカイブ。 毎日新聞. 5月18日15時26分• 京都新聞. 2013年5月25日. の2013年6月12日時点におけるアーカイブ。 『教室のいじめとたたかう 大津いじめ事件・女性市長の改革』 ワニブックスplus新書、2014年10月。 産経新聞. 2012年7月12日15時46分• 産経新聞. 2013年6月8日• 福井新聞. 2012年7月13日1時15分. 毎日新聞東京夕刊. 2013年2月19日• 共同通信. 2013年4月1日4時34分. 毎日新聞. 2013年3月9日7時21分• 毎日新聞. 2013年2月21日10時59分(最終更新2月21日11時33分)• 読売新聞. 2012年11月5日• 時事通信. 2012年12月25日22時3分. [ ]• 京都新聞. 2012年10月3日15時0分• 時事通信. 2013年3月5日19時14分• 毎日新聞. 2013年11月8日12時19分• 時事通信. [ ]• 時事通信. 2014年2月17日. [ ]• MSN産経ニュース. 2012年8月15日23時35分• MSN産経ニュース. 2012年12月14日20時6分. の2012年12月21日時点におけるアーカイブ。 朝日新聞 [ ]• MSN産経ニュース. 2012年8月19日8時44分• 産経ニュース. 2012年7月12日. の2014年4月1日時点におけるアーカイブ。 時事通信. 2013年3月11日22時36分• 時事通信. 3月12日13時10分• 大津の中2自殺 支援HP 1日で36万件 遺族側開設翌日 訴訟寄付も185万円(中国新聞夕刊 2012年7月21日 夕社会(全682字))• The Australian. 2012年8月2日• スポニチアネックス. 2012年7月7日. スポニチアネックス. 2012年7月9日. 参考文献 [ ]• 共同通信大阪社会部『大津中2いじめ自殺:学校はなぜ目を背けたのか』 PHP新書857、2013年。 (大津市長)『教室のいじめとたたかう 大津いじめ事件・女性市長の改革』ワニブックスplus新書、2014年10月。 遺族が巻末に寄稿している。 関連項目 [ ]• - 事件発生当時の大津市長• 外部リンク [ ]• 被害者側弁護士による公式ホームページ この項目は、・(犯罪者・犯罪組織などを含む)に関連した です。 などしてくださる()。

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[犯罪・刑事事件]いじめ加害者側 被害者から示談金交渉

いじめ 加害者 賠償金

加害者請求とは何か? 加害者請求とは、自賠責保険の「被保険者」が自賠責保険会社に対して「保険金」の請求を行うことであり、自動車損害賠償保障法(以下「自賠法」)15条に定められています。 加害者請求は自賠責保険の本来の姿 自賠責保険は「責任保険」という種類の損害保険です。 責任保険とは、その保険契約の「被保険者」が損害賠償の責任を負うことで損害が生じたときに、その損害を保険会社が補てんしてくれる損害保険契約です(保険法第17条2項)。 「被保険者が損害賠償の責任を負うことで損害が生じた」とは、少々わかりにくいですね。 自賠責保険に即していえば、被保険者が交通事故の運行供用者責任(自賠法第3条)によって被害者への賠償義務を負担し、その賠償金を支払って損をしたことを意味します。 賠償金の支払いを、保険契約との関係では、被保険者の「損害」ととらえて、それを補償するのが責任保険なのです。 したがって、運行供用者責任を負う者が被害者に賠償金を支払った後に、自賠責保険会社に対して補てんを求めることが加害者請求なのです。 あくまで賠償金の先払いが必要です。 これを「 加害者請求の先履行主義」といいます。 「加害者」請求と呼ばれていても、例えば、車の所有者が友人に車を貸したところ事故を起こしたという場合、運転していない所有者は直接の加害者ではありませんが、運行供用者責任を負担するので、賠償金を支払えば、自賠責保険会社に加害者請求が可能です。 しかし、自賠責保険は運行供用者責任が発生したときに支払われる制度なので(第11条)、ここでは大雑把に「被保険者は運行供用者」と理解してしまってかまいません。 被害者請求は特別な例外 さて、責任保険である自賠責保険では、加害者が被害者に賠償金を支払ってから、自賠責保険に加害者請求をすることが本来の原則形態でした。 したがって、責任保険という本来の形からは、被害者が自賠責保険に直接に賠償金を請求することはできないはずなのです。 しかし、加害者からの支払いを待たなくとも、被害者が直接に保険会社に請求することを認めた方が被害者保護となります。 そこで自賠法16条で特別に認められたのが被害者請求です。 なお、加害者請求は保険契約に基づく「保険金」を請求するものであるのに対し、被害者請求は法律によって、特別に被害者から自賠責保険会社に対し「賠償金」を請求できることを認めたものなので、前者は加害者による「保険金請求」、後者は被害者による「賠償金請求」と呼ばれています。 被害者請求についての詳細は、次の記事をお読みください。 任意保険会社の支払い拒否や示談交渉の長期化で、賠償金の支払いが遅れることがあります。 生活費に困ったり、治療を受けられ… 加害者請求のメリット・デメリットとは? 被害者側からみた加害者請求のメリット 被害者側からは、 加害者が(後の加害者請求を見込んで)自己資金などで賠償金を支払ってくれた方が、早く賠償金を受け取ることができます。 自ら被害者請求の手続をする手間がないという点に、加害者請求のメリットがあります。 加害者側からみた加害者請求のデメリット 加害者側からは、 自分で加害者請求の手続をする手間がかかるという点がデメリットで、被害者請求をしてもらった方が手間がかかりません。 なお、任意保険会社の一括対応(一括払い対応)がなされる場合には、最終的に任意保険会社が取得した加害者請求を行使するので、被害者も加害者も手間がかからないというメリットがあります。 加害者請求の必要書類と流れ さて、加害者請求を行う具体的な流れです。 加害者請求をするためには、自賠責保険会社に必要書類・資料を提出します。 加害者請求の必要書類(自動車損害賠償責任保険普通保険約款第14条) 保険金請求書(約款14条1項1号) 印鑑証明書など、保険金請求者の本人確認資料(14条1項2号) 交通事故証明書(14条1項3号) 事故発生状況報告書(14条1項4号) 支払い済み損害賠償金の算出根拠を証明する書類 死亡に関する保険金 (14条1項5号) ・死亡診断書 ・被害者の収入額を証明する書類(死亡逸失利益の算定根拠) ・被害者及び請求権者の戸籍抄謄本(損害賠償請求権を有する者への支払いであることを明らかにするため) 後遺障害に関する保険金(14条1項6号) ・後遺障害診断書 ・被害者の収入額を証明する書類(後遺障害逸失利益の算定根拠) 傷害に関する保険金 (14条1項7号) ・診断書 ・診療(調剤)報酬明細書などの領収書 ・休業損害証明書など休損額を明らかにする書類 ・交通費などの通院費の額を証明する資料 ・示談書 ・支払った事実を証明する書類(領収書、振込明細書など) (14条1項8号) 事案に応じ、上記以外の書類・資料の提出や自賠責保険会社の調査への協力を求められることがあります(14条2項)。 自賠責保険会社が、特に必要があると認めるときは、同保険会社の費用負担で、同保険会社の指定する医師による診断書の提出を求められる場合があります(14条3項)。 但し、上記の書類・資料は、常に全部が必要なものではなく、これらの中から、当該の自賠責保険会社が要求するものを提出することになりますので(同14条1項)、加害者請求の際には、必ず自賠責保険会社に確認をとってください。 加害者請求の保険金はいつ支払われるのか? 加害者請求の保険金支払期限は30日以内が原則 自賠責保険会社に対する必要書類・資料の提出を完了した日を「請求完了日」と呼びます。 自賠責保険会社は、請求完了日から(その日を含めて)30日以内に保険金を支払うこととされています(約款15条1項)。 加害者請求の保険金支払が遅れる場合とは? もっとも、自賠責保険会社は、この30日以内に、事故原因、事故態様、損害額、治療内容、保険契約の有効性など、保険金支払義務の有無と保険金額を確定するための様々な事実を調査する必要があります(約款15条1項)。 しかし、事案によっては特別な調査や照会を必要とするため、30日以内に必要な調査を終えられない場合もあります。 これを「延伸事由」と言います。 延伸事由があるときは、自賠責保険会社は、その延伸事由の内容とその確認を終えるべき時期を保険金請求者に対して通知しますから、支払が遅れる理由や支払時期がわからないという事態はありません(約款15条2項)。 この延伸事由があるときの支払時期は、請求完了日から(その日を含めて)次の各期間を経過するまでの間です。 加害者請求における保険金支払時期の延伸期間(約款15条) 延伸事由 延伸期間 警察・検察・消防その他の公の機関による捜査・調査結果の照会。 弁護士法に基づく照会その他法令に基づく照会を含む。 (15条2項1号) 180日 医療機関・検査機関その他の専門機関による診断・鑑定等の結果の照会(15条2項2号) 90日 後遺障害の内容・程度を確認するための、医療機関による診断・後遺障害の認定に係る専門機関による審査等の結果の照会 (15条2項3号) 120日 災害救助法が適用された災害の被災地域における確認のための調査 (15条2項4号) 60日 海外における調査(日本国内で調査する代替手段がない場合) (15条2項5号) 180日 保険契約者または被保険者が、正当な理由なく必要事項の確認を妨げたり、応じなかったり、協力を拒んだりしたことにより確認が遅延したときは、その期間は、延伸期間に含まれません(15条3項)。 加害者請求の時効とは? 加害者請求にも消滅時効期間があり、期間内に権利を行使しないと、保険金を受け取ることはできなくなります。 加害者請求の消滅時効期間は? 加害者請求の消滅時効期間は3年間です(保険法95条)。 加害者請求の消滅時効の起算点は? では、その3年間は、いつからスタートするのでしょうか? 時効期間がスタートする時点を起算点と言い、消滅時効では「権利を行使することができるとき」が起算点です(民法166条)。 加害者請求における先履行主義から、加害者は被害者に賠償金を支払った場合に、その金額を限度として加害者請求ができますから、加害者請求の消滅時効起算点は被害者への賠償金支払時です。 任意保険による一括対応と加害者請求の関係とは? 加害者側が任意保険に加入しており、任意保険会社が自賠責保険の負担部分も含めた「一括対応 一括払い対応 」をしているケースがあります。 このときに、被害者と任意保険会社の示談が成立すれば、任意保険会社が自賠責保険の負担部分も含めて被害者に支払います。 加害者に代わって賠償金を支払った任意保険会社は、加害者が自賠責保険会社に対して行使できる加害者請求の権利を取得します。 これを「弁済による代位」と言います(民法第500条)。 つまり、 一括対応 一括払い対応 の場合、任意保険会社が自賠責保険会社に対して、加害者請求をするという関係になるわけです。 交通事故で負傷した場合、加害者が任意保険に加入していれば通常、被害者の治療費は任意保険会社から一括して支払われること… 加害者請求と後遺障害の事前認定の関係とは? なお、一括対応 一括払い対応 の場合、後遺障害の等級認定は、任意保険会社が自賠責保険に資料等を送付して等級認定を求める「事前認定」の方法がとられます。 しかし、事前認定は保険会社相互の内部手続に過ぎませんから、事前認定がなされても、被害者が自賠責保険に被害者請求することは何ら問題ありません。 逆に、後遺障害のある被害者が自賠責保険に被害者請求を行った場合に、加害者自らが賠償金を支払って、その後、自賠責保険に加害者請求をすることも可能です。 このように 後遺障害の事前認定と加害者請求は、必然的に結びつくものではないのです。 交通事故で後遺障害の等級認定を受ける方法には事前認定と被害者請求という手続きがあります。 事前認定とは、どのような手続… 加害者請求と被害者請求どちらが優先するのか? 特別に被害者請求を認めたため、加害者請求と被害者請求が同時になされて競合してしまうケースが発生することになってしまいました。 例をあげましょう。 傷害事故で被害者の損害額が200万円。 加害者が被害者に賠償金の一部として90万円を支払い、自賠責保険に90万円の加害者請求を行いました。 ところが、これとは別に、被害者が賠償金の不足額110万円を自賠責保険に被害者請求しました。 この加害者請求と被害者請求はどちらが優先するのでしょうか? 傷害における自賠責保険の限度額は120万円しかありません。 この120万円の枠を、どちらが優先して使えるのかという問題です。 (A)加害者請求を優先させると、加害者は支払い済みの賠償金90万円を回収できますが、限度額の残額は30万円しか残らないので、被害者は不足額110万円のうち30万円しか受け取ることができません。 この場合、被害者は90万円+30万円=合計120万円しか受け取れません。 (B)逆に被害者請求を優先させると、被害者は110万円を受け取ることができ、限度額の残額は10万円しか残らないので、加害者は支払い済みの90万円のうち10万円しか回収できません。 この場合、被害者は90万円+110万円=合計200万円を受け取ることができます。 この点、 実務では、(A)の加害者請求を優先する扱いとされています。 自賠責保険は責任保険なので、 賠償金を支払った被保険者からの保険金請求に応えることが基本だからです。 先の例で、120万円しか受け取れなかった被害者は、不足する80万円を加害者に請求することになります。 加害者は保険金90万円を受け取っていますから、加害者が任意に支払わなければ、被害者側としては、この90万円が振り込まれた口座の差し押さえを早急に行うことになります。 加害者側としては、いつまでも口座に保険金を残しておくべきではないということになります。 自賠責保険の支払基準を超える金額の加害者請求は認められるか? 加害者が支払った賠償金額よりも、自賠責保険がその支払基準によって算定した金額が低い場合、自賠責保険の算定額しか支払ってもらえないのでしょうか? 例をあげましょう。 被害者が損害は100万円だと主張するので、加害者は100万円を賠償して、自賠責保険会社に100万円の加害者請求をしました。 ところが自賠責保険会社は、自賠責保険の基準では損害額は50万円と計算されるので50万円しか支払えないと言うのです。 これに対し、訴訟の場では、当事者の主張・立証に基づいた個別的な事案ごとの結果の妥当性が尊重されます。 したがって、自賠責保険の「支払基準」は、あくまでも自賠責保険が訴訟外で保険金・賠償金を支払う場合の基準に過ぎず、訴訟の場では、裁判所は「支払基準」に依らずに適正な損害賠償額を算定したうえ、自賠責保険に対して支払を命ずることができます。 しかし、自賠責保険は、あくまでも保険制度ですから、補償は定められた限度額の枠内に限られるので、いかに裁判所といえども、自賠責保険の限度額を超える金額の支払いを命ずることはできません(自賠法13条、15条、16条第1項)。 加害者請求で訴訟を利用すると損をするケース 訴訟では裁判所は「支払基準」にとらわれません。 しかし、常に自賠責保険に対して訴訟を起こした方が加害者請求にとって有利かと言えば、そうではありません。 裁判所が「支払基準」に縛られないということは、自賠責保険の「重過失減額」にも縛られないことになるからです。 自賠責保険では、被害者保護の観点から、被害者に過失があっても過失割合が7割未満であれば減額はしませんし、7割以上の場合も減額の割合を2割から5割の範囲に抑えています。 これを自賠保険の「重過失減額」と言います。 しかし、訴訟の場では、裁判官はこの「 重過失減額」には縛られませんから、例えば被害者の過失が7割未満でも過失相殺することができます。 例えば、被害者の損害額が100万円、被害者の過失が5割の傷害事故において、加害者が過失相殺を主張せずに自費で賠償金100万円を支払ってから、自賠責保険に加害者請求した場合、自賠責保険からは重過失減額の対象となりませんから、加害者は100万円全額の保険金を回収することができます。 しかし、加害者が自賠責保険に訴訟を起こした場合は、被害者の過失が5割であると裁判所が判断すれば、5割の過失相殺を行って、自賠責保険に対し、50万円だけの支払を命じる場合があり得るのです。 実際、先にあげた判例(最高裁平成24年10月11日判決)は、被害額7500万円、被害者の過失8割の死亡事故における加害者請求の事案でした。 これに自賠責保険の「支払基準」による重過失減額を適用すると、死亡保険金の限度額3000万円を3割減額した2100万円が保険金となります。 しかし、最高裁は「支払基準」の適用を認めず、被害額7500万円に対する8割の過失相殺をおこなって、保険金を1500万円しか認めませんでした。 結局、訴訟によったために、自賠責保険から回収する保険金が600万円も減ってしまったのです。 このように訴訟によると、かえって損をするケースもあるので、提訴するかどうかは弁護士による慎重な判断が必要となります。

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